■iMacよ、どこへ行く-続The Different Story of iMac【iMac】

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元ネタ

6月中旬に刊行された、「21世紀のモノ創り。70のヒント」(毎日コミュニケーションズ マックファン編集部刊)は、なかなかおもしろい本です。
タイトルの印象と異なり、中身は「iMac(とアップル社)をマーケティングとデザインから解析する」がテーマです。

辛口メルマガで周囲を怒らせているコンサルタントの某森行生がマーケティング部分の執筆を担当したのが玉にきずですが (笑)。

その代わり、現役工業デザイナー森豊史氏の解説するデザイン戦略は「へぇ~」の連続ですし、森氏の著書「シンプルマーケティング」では説明しなかった、価格戦略や流通戦略についても記述しており、目新しい発見があります。
(ちなみに、両者とも森という姓は同じですが、まったくの他人だそうです)

また、日本最大の価値観データベース、ODS-LSIのデータを駆使して、リスキーブランドの田崎氏がiMacやアップルの市場戦略を赤裸々に解剖したり、トーマツコンサルティングの和田氏と3人でブレストをしているのも見所です。

欠点は「ブランド戦略が商品戦略の一部だ」といった、謝った記述が時々見られることです。
恐らく、執筆の時間が取れないので、自分で文章を書かず、口頭で話した内容をゴーストライターに書かせたのでしょう (笑)。

さてさて、iMacをマーケティングで解説した記事を過去にお送りした私としては、やはり気になります。この本と私とで解釈やニュアンスが180度違う部分があるからです。

そこで、今回はおもしろい試みを企画してみました。
私の解釈と大幅に異なる、iMacの流通戦略とコミュニケーション(広告)戦略の2つの章を書き直してみようという趣向です。
ご心配なく。この本は元もとぶつ切りの内容なので、この記事だけでも楽しめるようになっています。

ちなみに、コミュニケーション戦略編の結論は過去記事と同じですが、広告の検証という観点から見て頂ければ新しい発見があると思います。

コミュニケーション戦略

アップルコンピュータ社のブランドイメージは決して悪くはない。いや、かなり高いレベルで好印象を与えている。
十分に先進的だし、製品も斬新だ。社風もユニークだし、どことなくおしゃれでもある。ディズニーやソニーほどではないにしても、トップクラスに近いブランドイメージを持っている。

では、アップルコンピュータ社のコミュニケーション戦略はどうだろうか。ブランドイメージが高いからといって、マーケティング能力があるとはかぎらないし、ましてやコミュニケーション戦略で成功しているとはいえない。

結論からいえば、アップルコンピュータ社のコミュニケーション戦略は拙く、いちじるしく見当はずれの広告が多い。
この章ではそれら広告の紹介と、なぜ失敗しているのかの検証をしたい。

失敗した広告の例

アップルコンピュータ社の失敗例を見てみよう。
1つ目は1983年、アップルコンピュータ社の日本上陸の際に打った広告。日本法人を設立し、国内での本格的なパソコン販売に出た。このときのTVコマーシャルで同社は「観音様」をメインビジュアルに使った。大きな観音様の手からリンゴが降りてくるという、途方もない広告だ。

確かに日本上陸の強いインパクトはあったが、極めてちぐはぐで、何よりわけがわからなかった。パソコンに強い興味を持っていた筆者ですら、ひどい違和感を覚えた。パソコンがわからない人には、何の広告かまったく理解できなかったろう。

2つ目は翌1984年、これもTVコマーシャル。マッキントッシュのデビュー広告である。この広告ではひとりの女性陸上選手が画面上で走っている。驚いたことにその女性は、手に大きなハンマーをもち、そのハンマーを振り回しながらパソコンを壊しまくるのである。とんでもなく乱暴な広告であった。乱暴ではあるが、その斬新さが受けて、けっこう話題となった。

マッキントッシュはこのような広告で市場導入されたのである。だが、残念ながらこれは日本国内ではオンエアされなかった。たとえオンエアされても、日本人には(いや、アメリカ人にすら)何の広告かさっぱりわからない。

3つ目は「Think Different」。1998年からのシリーズ広告でこれは知っている人も多いかもしれない。アインシュタインやピカソ、モハメド・アリなど歴史的な「天才」たちが登場するもので、TVコマーシャルや新聞広告で展開された。

これら広告は作品としてのレベルは高い。イメージもいい。だが、広告としては体質的な欠陥をもっている。

ちなみに、2つ目も3つ目も作成したのはTBWAシャイアット/デイ。ここはスティーブ・ジョブズのお気に入りの広告代理店である。2つ目の広告のイメージを鮮やかに記憶していた彼が、業績不振やレイオフなどの暗いイメージを払拭するために、3つ目を依頼したという。

そういわれてみれば、クリエータ指向の強い彼が好みそうな広告である。あるいは1つ目の広告も、本国のスティーブ・ジョブズに向けて作られたものかもしれない。そうであれば、社内的にはある程度の評価を得ることはできたかもしれない。

成功した広告の例

もちろん同社は、ひたすら失敗だけを繰り返しているわけではない。成功した広告もある。ここでも3例の成功事例を紹介しよう。

1つ目はわかりやすさを訴求したTVコマーシャル。画面が2つに分かれ、片方ではおびただしい量のマニュアルがどさどさと落ち、積まれ、崩れそうになる。もう一方では一枚の紙切れがひらひらと舞い落ちてくる。「どさどさ」の方が従来のPC(現在のウィンドウズの前身であるOSを搭載していたパソコン)の象徴であり、「ひらひら」がマッキントッシュである。

そしてTVは尋ねる。「あなたはどちらのパソコンを選びますか?」。マッキントッシュの方がたった一枚程度の説明書で操作を開始できることをみごとに伝えている。これはアメリカのみのオンエアであった。

2つ目はPowerPC G4プロセッサ(Power Mac G4やPower Mac G4 Cubeに搭載されているCPU)の雑誌広告。アップルコンピュータ社はPowerPC G4をスーパーコンピュータレベルのチップであるといっている。それを象徴するために、そのチップを真ん中に置き、周囲に「戦車」数台をチップに向けて配置した。

これは、PowerPC G4プロセッサがココム(対共産圏輸出統制委員会)による武器の輸出管理対象となっていることを、ビジュアルに示したものであり、これほどわかりやすい図説はない。PowerPC G4プロセッサは高性能なあまり共産圏に輸出できないのである。

3つ目はiMacのインターネット3ステップ編。iMacは3ステップでインターネットに接続できるという。1ステップはケーブルの接続、2ステップは電源のオン。そして、3ステップ目は・・おや、もうインターネットに接続されてしまいました。3ステップも必要ありませんでした、という軽いオチのある広告である。本当にたったの2ステップでインターネットに接続できるかどうかは別にして、iMacの特徴をうまく捉えている。

広告における成功と失敗

広告はコミュニケーション戦略の核となるものである。その広告に必要となる要素が、製品の「何を」「誰に」「どのように」伝えるかということだ。
ここで、一般の人が勘違いしやすいのが「どのように」を重視することである。「かっこいい」広告とか「おしゃれ」な広告を評価しやすい。だが、「どのように」でいかに巧みに表現しても「何を」と「誰に」を見失っては、広告の価値を失う。「何を」と「誰に」があって、初めて「どのように」が生きてくるのである。

最初から「どのように」にとらわれていては、コミュニケーション戦略での成功はおぼつかない。そんな広告は、お金をドブに捨てるようなものである。
「何を」は製品を説明する場合に、製品のどこを切って説明するかである。説明するポイントは製品のライフサイクルによって替わる。これは「プロダクトコーン」理論がベースになる。

「誰を」は広告の対象となるターゲットである。やみくもに広告を打つわけではない。どのレベルの消費者を想定するかは広告展開の重要なポイントとなる。この消費者の分類をサポートするものに「イノベーター」理論がある。
では、「何を」を決定する「プロダクトコーン」理論から解説したい。

商品定義を明確にする「プロダクトコーン」理論

商品はさまざまな側面を持っており、それらにより商品は定義されていく。この商品定義のポイントをまとめたのが「プロダクトコーン」理論である。一つの商品を「規格」「ベネフィット」「エッセンス」の3つの要素からなる円錐形(コーン)と考えるのである。

パソコンでいえば「規格」とは速さや容量、画面の大きさなどのスペックである。
「ベネフィット」は操作が簡単ですぐに使うことができる、作業時間を短縮でききるからオフィスの生産性を向上する、または残業をなくすことができる。こんなユーザー利益がベネフィットだ。

「エッセンス」はユーザーに与えるイメージである。かっこいい、おしゃれ、かわいい、そんなことがエッセンスとなる。ここに至っては、「規格」「ベネフィット」などの商品の本質は失われ、見た目や雰囲気が重要となる。

「規格」「ベネフィット」「エッセンス」の三要素は、最初から三つそろって考えられていたわけではない。
商品を定義するものとして最初に存在していたのは、「規格」だ。これはあくまでも企業側から見た商品定義である。たとえば、30~40年前、高度成長時代は、色、重さ何g、長さ何cmなどといった、製品そのものの情報がその商品を定義する要素だった。当時はそれでよかった。なぜなら、余分な情報や付加価値を付けなくても、商品は出せば売れたからだ。

また当時は、製造技術も会社組織も複雑ではなかったから、企業内部でも社員全員が製品について同じレベルの知識を共有することができた。メーカーである以上、広告担当も製品技術に関わる知識を正確に把握しているのは当たり前という認識があった。

やがて、会社組織は肥大化する。それにつれ、複雑・分業化、また技術の発達により、社員であっても、規格だけでは自社製品を理解しにくいという状況が生じるようになった。

そこに訪れたのが第二の波だ。次第に商品の種類が増えてくると、生活者の側も商品にわかりにくさを感じ始めるようになった。それぞれの商品が何者であるのかが、ストレートに伝わりにくくなる。そこで注目されたのが商品の持つ「価値」である。消費者は、商品の概要だけに魅力を感じて購入しているわけではなく、その商品やサービスが持っている「価値」に対してお金を出しているのである。

たとえば、コンビニ。スーパーより値段は高いのに、なぜ、コンビニで買い物するのだろうか。それは、明日ではなくて、たとえ夜遅くなっても今日買いたいという欲求を満たすことができるからである。つまり、24時間開いているという「価値」に対してお金を出しているのだ。これが「ベネフィット」だ。「ベネフィット」は消費者側から見た商品の定義である。

「規格」と「ベネフィット」に続き重要となったのが「イメージ」である。製品が市場にあふれてくるようになると、「イメージ」アップなしには売り上げの向上を望めなくなる。

たとえば、掃除機を例に考えてみよう。まず、「仕組みが簡単ですぐ掃除ができる掃除機」が「規格」だとしよう。すぐ掃除が片付けば時間節約もできるから、「子どもと遊ぶ時間が増える」という「ベネフィット」が付く。この「ベネフィット」を、さらにより多くの消費者に浸透させるために、もっとわかりやすい「エッセンス」、つまり「イメージ」を付け加えるのだ。

この場合、「愛情ある」とか「優しい」といったイメージだ。「エッセンス」はこのように擬人化することが多い。「エッセンス」と「ベネフィット」は、似ているけれどまったく違う意図で定義づけされたものだ。

「プロダクトコーン」と市場成長との関係性

「プロダクトコーン」理論が円錐形で示されるのは、市場の成長との関係性をわかりやすく表現するためである。商品定義は、同じ商品であっても、市場の成熟に合わせて変えていく必要がある。

市場がまだ小さい時期は、「規格」を中心とした定義づけをする。そして市場が成長するにつれ、上から下へ、「ベネフィット」から「エッセンス」へとアピールの仕方を変えていく。そして、市場がある程度広まった段階で、実は、また「規格」にグルッと戻る。この順番が大きなポイントとなる。

大塚製薬の「カロリーメイト」の戦略がこの商品定義の流れをよく体現している。カロリーメイトは1982年、「バランス栄養食・カロリーメイト」というコピーでデビューした。これは製品の「規格」をアピールするものだ。発売初期、「カロリーメイト」とは何なのかという消費者の疑問に応えるため、栄養バランスがとれている食品だということを明確に伝えることに貢献したのだ。

販売スタートから七年間、年間130億ぐらいをコンスタントに売上げる製品に成長した。しかし、大塚製薬には、「ポカリスエット」「オロナミンC」など、1000億円級の売上げがあるブランドがいくつも存在する。

「カロリーメイト」の売り上げをさらに伸ばすため、新たな展開に出た。「ベネフィット」の強調を始めたのだ。「朝、カロリーメイト、昼、カロリーメイト、夜は友達と食事、新しいダイエットの提案です」のキャッチコピーにその方向性が顕著に表れている。

一つは、すでに「カロリーメイト」は「バランス栄養食」であることが浸透しているから、「カロリーメイト」をダイエット時の食事にすることもできるという「メリット感」、もう一つは、1日のうち2食をダイエット食にすれば、夕食は普通に食べても大丈夫、という「安心感」、つまり2つの「ベネフィット」を狙ったものだ。これで売上は200億に伸びた。商品の市場での認知度や売り上げによって、「規格」から「ベネフィット」をアピールする方向性に変化させていくことで、販売実績に結びつけた事例である。

「プロダクトライフサイクル」と「プロダクトコーン」理論

このように、商品には、市場成長と同期した「プロダクトライフサイクル」があり、そのサイクルに応じて、消費者に商品をアピールする定義づけを変えていく必要がある。

市場の成長という観点から考えてみよう。最初は製品の売上げもほとんど上がらない。これが「導入期」だ。次第に売上げが伸びていく「成長期(6.8%~)」を経て、売上げがこれ以上上がらないという「成熟期(70%)~」に達する。その製品が市場に広く普及したという証拠でもある。

「カメラ」の変遷に照らし合わせてこの「プロダクトライフサイクル」を理解しておこう。最初、二眼レフカメラから始まった歴史は、一眼レフが登場して市場が広まり、成熟期に入ったと考えられる。

しかし、ここでカメラ市場は飽和することなく、コンパクトカメラから、さらに、使い捨てカメラ、デジタルカメラ、というように、消費者ニーズに基づいて、また新しいカメラの提案が成されることにより、市場は細分化した。この段階を、「導入期に戻った」と考えるのである。登場してきた新製品をカメラの派生系として新たに紹介していくためには、再び「規格」からアピールを始める、ということになるのである。

この「プロダクトライフサイクル」を「プロダクトコーン」理論と関連付けて見てみると、商品の訴求にあたって、アピールするポイントとなるのは、「導入期」には「規格」、「成長期」には「ベネフィット」を、「成熟期」になったら「エッセンス」が必要となるのであり、段階を経たスムーズな移行ができれば、理想的な展開であるということがわかる。

そして、「成熟期」を迎えた市場では、消費者ニーズの細分化によって生まれた新製品の登場で、また新たに「規格」の説明が必要な「導入期」に近い状況になる。つまり、商品(市場)はこのようなライフサイクルを綿々と繰り返して成長していくのだ。

商品を消費者に訴求していくための基本事項として、初登場の段階では、まずこれがどんな商品であるかを具体的に理解してもらうために「規格」をメインに訴えていくことが原則になる。
ただし、その製品を取り巻く環境の成熟度合によって、「規格」には、まさに「製品規格」を訴求する場合と、「規格」以上に「ベネフィット」感を前面に押し出しながらアプローチしていく場合がある。

「イノベーター」理論による消費者の分類

ご覧いただいたように、製品の「何を」では「プロダクトコーン」理論をベースに、製品のライフサイクルに即した訴求が必要である。
次に「誰に」を解説したい。製品をどのような消費者層に訴えていくかということである。

商品の成長によって商品定義が変化していくのは前述のとおりだが、それに伴い、その商品を取り巻く市場に存在する消費者層も実は日々刻々と変化している。その消費者の分類をサポートするものに「イノベーター」理論がある。
「イノベーター」理論によれば、生活者は大きく3種類に分類することができる。この三種類の人口比率はどの産業においても大体同じ割合だ。同じ商品に市場であるにもかかわらず、市場の成熟に伴って、3種類の消費者は移り変わってゆく。

最初に市場に登場するのは、「イノベーター」(10%)だ。日本語にすると「革新者」という言い方をする。他人に理解されにくいジャンルを先取りした場合は、オタク的な傾向が強まるが、本物を見極める力に秀でている。新しもの好きの彼らは、プロダクトライフサイクルでいえば、「導入期」に存在している人々だ。

続いて「アーリーアダプタ」(15~35%)が現れる。「アーリーアダプタ」は「イノベーター」が取り入れたものの中から、「これはいい」と理解できるものだけを採用する人々だ。本物を見分ける力はやや劣るが、何が流行になるかをかぎとる嗅覚に大変優れている。彼らが流行を受け入れた時点が、「成長期」の始まりだ。

商品の存在が確立してきた頃、市場の大勢を占めるのが、「フォロワー」(60~70%)だ。ここにきて初めて一般大衆となる。自分で判断して物事を決めるよりも、他人の選択結果に従うことを好む。自分がいいと思っても、他人の判断と違っているのではと考えてしまうタイプなので、人の薦めとか、イメージ、評判に頼りがちだ。安定志向で他人との足並みを気にする上に、割合としては彼らが一番多く、大衆層を形成している。彼らが受容したとなれば、それはすでに一般大衆に広く普及した状況「成熟期」に突入していると考えることができる。

一つの商品を取り巻いている市場であるのに、普及の度合が高まるにつれて趣味や志向の違う消費者層がこれだけ変化するのだ。こう考えると、市場の動向を見極めながら、商品を訴求していくためのアプローチ方法を柔軟に変えていく必要性がよく理解できるだろう。

市場の成熟とともに変わる消費者層

「導入期」には、市場のトップバッターとして存在している「イノベーター」のための説得材料を考えなければならない。彼らが製品選びの際に重要視しているのは、「事実」だ。そこで、新商品であってもその商品のありのままが把握できるように、正確に評価できる材料として、製品の材質や性能、機能といった「規格」を、まずは前面に押し出す。

パソコンでいったら、「450MhzのPowerPC G4プロセッサやDVDドライブ搭載」「1.5GBまで拡張可能な64MBメモリ」「新しい光学式マウス『アップルプロマウス』を標準で提供」といった情報がパソコンイノベーターの心をくすぐるのである。

どういった商品であるかということが「イノベーター」の影響で認識され、「アーリーアダプタ」がこの流れを受け入れ始めたら「成長期」に突入だ。ここでは、得することに敏感な「アーリーアダプタ」に興味を持たせるために、「これを買ったらどうトクなのか」という「ベネフィット」をアピールしていく。

このパソコンなら拡張性が高いから、手持ちのスキャナやプリンタ、デジカメとの接続が簡単、といったノリだ。実際にユーザーが使ってみて、実感する気持ちや得した気分を、「便利さ」「使いやすさ」として強調するのだ。これを「機能的ベネフィット」という。また、このほかに、持っていれば自慢ができるという「心理的ベネフィット」もある。

「アーリーアダプタ」につられて、または口コミなどによって、「フォロワー」が市場に登場してきたら、その商品はかなり一般的に普及し始めたことを意味する。どんな商品で、どんな点が他と比べてメリットがあるか、といったことはかなり浸透した成熟商品を、もっと多くの人に買ってもらうためには、今までその市場にはいなかった人たちにも買ってもらうしかない。後追いで買う人たちは、詳しい情報が入っていなくても、「みんながいいと言っている」という他人の判断と、商品イメージに頼って購入の判断をする傾向が強いから、市場の成熟期には商品の中身よりも、その商品が持つ「かわいい」「おしゃれ」「さわやか」といった「イメージ」を浸透させていくことが必要になってくる。

彼らにパソコンのCPUや拡張性について延々と説明してみても、その性能についての知識がないから、メリット感もいまいちだ。それよりも、今までにない「おしゃれなパソコン」といったイメージ戦略が功を奏するのだ。

同じ商品であっても、商品定義そのものを、市場の状況や消費者層の変化を意識した内容に順次スライドさせていくと、より一層訴求効果が高まるということが、複数の戦略理論を組み合わせたことによって明確になってきた。

アップルコンピュータの広告の検証

製品の「何を」「誰に」「どのように」伝えるかという広告に必要な三要素。ここまで、「何を」を決定する「プロダクトコーン」理論と、「誰に」を決定する「イノベーター」理論を説明してきた。
では、いよいよこの「プロダクトコーン」理論と「イノベーター」理論により、アップルコンピュータの広告を検証してみよう。ここで、同社の広告が持つ体質的な欠陥を明らかにしたい。

まず、アップルコンピュータ社の日本上陸の際に打った「観音様」の広告。これはお披露目であり、市場導入を狙う広告だ。対象となる製品はアップルコンピュータ自身であり、同時に同社が販売するパソコン(アップルII)である。
「プロダクトコーン」理論からいえば、ここではアップルコンピュータ社またはアップルIIの規格を訴求しなければならない。導入期なのだからどのような会社であり、どのような製品を提供するのかを知らしめなければならない。

次に「イノベーター」理論からいえばパソコンに強い興味を持つ「イノベーター」層に届く内容でなければならない。彼らが望むのはパソコンのスペックである。決して観音様ではない。千や万歩ゆずって「自由の女神」だったら、パソコンの出身国が明確化できてよかったかもしれない。

1983年は、国内でパソコンビジネスが芽生えだした時期であった。前々年の1981年にIBMが米国でPCを出し、パソコンの標準的な形が定まった。国内では翌1982年にNECが往年の名機PC-98シリーズの初代を発表し、富士通がFM7を市場に送る。さらに翌1983年にかけて東芝、シャープなどからもパソコンが出荷され、日経マグロヒル(現日経BP)から「日経パソコン」が出版される。

こう書くとパソコンビジネスが、にわかに熱を帯びてきた感があるが、それはコップの中の嵐で、ほとんどの人はパソコンなんて子供の遊びだと思っていた。または、何をするものかよくわからなかった。オフィスには「オフィスコンピュータ」がでんと居座り経理事務を引き受け、文書作成は専用ワープロが幅を利かせていた。パソコンの位置づけを各社が模索していた時代だった。
そのころに観音様である。突き抜けていすぎる。
この広告に喝采したのは一握りのアップルコンピュータ社米国幹部(おそらくはスティーブ・ジョブズ)だけであろう。

2つ目の広告、1984年のマッキントッシュのデビュー広告。これもマッキントッシュのデビューであり、前提となる条件は前と同じと考えてよい。
「プロダクトコーン」理論からいえば、新製品であるマッキントッシュのスペックを訴求しなければならない。「イノベーター」理論からいえばパソコンに強い興味を持つ「イノベーター」層に届く内容でなければならない。
ところが、アップルコンピュータ社は日本でのデビュー広告同様に、とんでもない勘違いをしている。女性陸上選手がハンマーを振り回しながらパソコンを壊しまくるのである。

初代マッキントッシュは、本体とディスプレイ一体型で、多少丸みを帯びとてもかわいい。電源を入れると「May I help you ?」と、けなげに問いかけてくる。ハングアップすると「I’m sorry.」と謝った。ひどく人なつこく、一度使ったらやみつきになる魅力があった。

当時のパソコンの主流OSはMS-DOSであり、これが恐ろしくわかりづらかった。これに対し、マッキントッシュはマウスとアイコンという、現在のマッキントッシュやウィンドウズとほぼ同じ操作性を提供していた。世代や言語を超えて、多くの人に使えるパソコンであった。それが、1984年の話である。Windows 95が出る11年前の話だ。これは驚異的でさえある。奇跡といってもいいかもしれない。
その驚異的で奇跡的なパソコンのデビュー広告がハンマーである。

これでは何も伝わらない。伝わらないどころか、誤ったイメージを与える。乱暴で危険で破壊的なパソコンが出てきたと思うだろう。子供でも操作できるかわいいパソコンなのに、多くの親は子供に触らせようとはしないだろう。
もっとも、この広告はそのショッキングなイメージで十分な話題は提供している。あるいはそれだけを狙った広告かもしれない。いずれにしてもアップルコンピュータ社のコミュニケーション戦略は拙い。

3つ目の「Think Different」にいたってはメッセージの錯乱が見られる。「Think Different」、日本語にすると「発想を変える」「違った考え方をする」などになるだろうか。
これではウィンドウズという巨人に対して、少数派を宣言しているようなものである。アウトローを自ら名乗っているようなものだ。

これ以前、アップルコンピュータ社は「for the rest of us」というスローガンで、すべての人に、取り残された人(当時のパソコンの普及率が10%程度だったから、実は残りは90%もの「一般大衆」ということになる)にもわかりやすい操作性を提供するとうたっていた。確かに、マッキントッシュのわかりやすい操作性は世代や人種を超え、多くの人に恩恵を与えるものである。

それが、一転「Think Different」である。使ったビジュアルもアインシュタインやピカソ、モハメド・アリなど歴史的な「天才」たちである。これでは、アップルコンピュータ社は、わずかなユーザーとともに通常の人が理解できない新天地をめざしているかのような印象を受ける。

ここで、アップルコンピュータ社を少し弁護する。
アメリカ語では「Different」は「違う」というストレートな意味ではない。「少し違う」という程度だ。この「少し」が日本人には伝わってこない。または「Different」は「特別」という意味もあって、ほめ言葉でもある。英語ではほめ言葉に「You’re different」というのがある。口説き文句で「You’re different」というくらいだ。「あなたは特別だわ」の意味になる。

「Think Different」は日本語いうと「目のつけどころがシャープでしょ」程度の意味であるが、英語をそのまま使うから日本人には正確に伝わらない。つまるところコミュニケーション戦略が下手なのである。もちろん、イメージ作りはうまい。このシリーズ広告は1998年のエミー賞(コマーシャル部門)を受賞している。

前にもいったが、アップルコンピュータ社の広告すべてが失敗しているわけではない。タイミングのよい優れた広告も作成している。そしておしなべて、作品としての完成度が高い。おそらく、自分たちの感性にまかせて、自分たちが好きだと思える広告を、勝手に作っているのだろう。それで共感したら商品を買ってくれという考え方だ。

これがアップルコンピュータ社のコミュニケーション戦略における体質的な欠陥だ。もっとも、これはコミュニケーション戦略にかぎらずアップルコンピュータ社の体質であり、製品開発にも見られることでもある。

iMacと広告

この章の最後にiMacにおけるコミュニケーション戦略を検証したい。そもそもiMacはパソコンなのだろうか。
iMacは爆発的にヒットし、傾きかけたアップルコンピュータ社の再建に大きく貢献した。そのiMacが選ばれた原因は主に「デザイン」にある。丸みを帯びたパソコンらしからぬボディで登場し、カラーバリエーションが5色揃って決定的なヒットとなった。
そのTVコマーシャルもイメージを全面に出して訴求している。軽快なワルツをBGMに5色のiMacが踊るのである。

ところが本章では、製品には市場成長と同期した「プロダクトライフサイクル」があり、「成熟期(70%)~」になったら「エッセンス」での訴求が必要となると解説している。デザインは要素としてはエッセンスであり、ならばパソコンは成熟期であり、70%以上の人がパソコンを所有していることになる。

これは矛盾である。
パソコンはまだ40%しか普及していない、まだ成長期の製品だ。「ベネフィット」を「アーリーアダプタ」に訴求してこそ売れるのである。だが、iMacはデザインという「エッセンス」で「フォロワー」に売れている。一般の大衆が店頭に来て、かわいいなどと言いながら購入していくのである。

いままでさんざん説明してきた理論が間違えているのか。それともiMacには特別な何かがあるのか。
解答は後者である。iMacはパソコンではない。あれはメール(インターネット)端末である。

メール(インターネット)端末として見ると、市場はけっこう成熟している。
パソコンもメール(インターネット)端末である。これが40%。そして爆発的に増加しているiモードなどの携帯電話が加わる。さらにザウルスなどの携帯端末(PDA)とポケットボードなどのメール専用端末。

これらすべてあわせると、インターネット端末は70%近くなる。70%になれば、その他大勢の人(フォロワー)がイメージ(エッセンス)で買いに走る。そこで、選ばれたのがiMacだ。iMacは文字どおり「メール(インターネット)用」Macなのである。
だからワルツで踊るiMacTVコマーシャルもイメージ訴求をしていて正解なのである。

iMacはパソコンを母体としながら、パソコンであることを自ら否定して、成功を収めた希有な商品である。コミュニケーション戦略もこの成功を大きくサポートしている。優れた製品と正しいコミュニケーション戦略は、販売に大きな弾みを与えるのである。


ここからは、「流通戦略」の章を書き直してみたものです


流通戦略によるサクセスストーリー

iMacの流通戦略を理解する上で、忘れてはならないアップルコンピュータ社自身の事例がある。アップルコンピュータ社はこの事例と同じ成功をめざし、同時に同じ失敗は決して許されなかった。その事例が初心者向けパソコン「Macintosh Performa(パフォーマ)」シリーズの販売だ。

「パフォーマ」シリーズはハードウェア・ソフトウェア・サービス・サポートを一体化した「ワンボックスソリューション」をコンセプトに開発されたマシンで、箱から取り出してスイッチを入れたらすぐに使うことができる。この辺はiMacとまったく同じである。マシンにOSはあらかじめ搭載されているし、メニューソフトや統合ソフト、フォント集、ゲーム、エデュテイメントソフトなど相当数のソフトが付属されていた。これが1993年、Windows 95の販売される2年前の話であり、パソコンの世界ではあの使いづらいMS-DOSが一般的だった時代だ。

商品自体も充分に衝撃的だったが、アップルコンピュータ社が行った流通戦略が周囲の関係者を驚かせた。アップルコンピュータ社はパフォーマをスーパーで売ろうとしたのである。日本でいえばイトーヨーカドーやダイエーのような大型スーパーで売ろうとした。

消費者は、ショッピングする場所のイメージに左右される。たとえばコンビニエンスストアでは2,000円以上の商品を買おうとはしない。この価格帯を「価格期待値」という。コンビニエンスストアではゲームなど一部の商品を除き2,000円以上の商品は置いていない。価格期待値の範囲に入っていないのである。しかし、同じ人がデパートに入ると価格期待値のスイッチが切り替わり、その上限値が数万円から数10万円に変わる。場所の持つ魔力である。

同じ意味で一般の消費者はスーパーにパソコンを期待していないし、価格も20万から30万ほどする高価な商品である。ほとんど売れないだろうと誰もが考えた。
しかし、この予想は完全に外れ、パフォーマは爆発的なヒット商品となった。それこそスーパーで飛ぶように売れたのである。これがパソコン量販店コンプUSAなどの飛躍のきっかけにもなり、新しい業態の登場につながったほどだ。

米国での成功を受けて日本でもパソコンは販売された。日本でも従来のパソコン専門店以外での販売に重点が置かれた。はじめは家電量販店ルート、コジマ、上新電機、第一家庭電器の家電量販店3社に限定して販売し、家庭市場への浸透を狙った。米国と同様にこれがあたった。やがて亜土電子工業とノジマが販路に加えられ、さらに生協、大型スーパーなどが販売に加わるようになる。テレビや冷蔵庫を買う感覚で、パソコンが買える流通体制で、ユーザー僧の拡大を実現したのである。
アップルコンピュータ社はパフォーマのブランドイメージの確立と売上アップに成功し、ひとつの典型的なサクセスストーリーを作り上げた。

ちなみに、流通戦略の妙味で成功した例はたくさんあるが、その中でも教科書的な成功を収めたものがある。
アメリカで、1970年代前半に市場投入された「LEGG’S」というパンティストッキングの流通戦略はこの典型例である。当時、ストッキングといえば、洋品店にしか売られていなかったのは常識であった。ストッキング業界に新規参入するには、普通の洋品店との取引は困難と判断。ターゲットである女性が最も頻繁に行く場所、スーパーを攻略することを考えた。ストッキングがまったく取り扱われていない聖地である。

そのための工夫のひとつが新開発の見た目も斬新な卵形のプラスチック容器である。足(leg)とタマゴ(egg)をかけた造語、LEGG’Sという商品名はこうして生まれた。また、陳列スペースを確保するために、タマゴ型のパッケージに併せて専用什器を開発。スーパーの通路に設置したのである。
その結果は大成功。現在では当然のように売られているスーパーでのストッキング流通は、こうした「メーカーの創造」によって作られたのである。

成功事例が失敗事例に急変するまで

パフォーマは売れに売れ、販路は拡大に拡大を重ねていった。正規代理店経由での販売店は300店となり、それ以外に直接取引で扱う販売店が300店になった。翌1994年この倍増をもくろみ、年内9月末までに1100~1300拠点までの拡大を目標にした。これ以降はアップルコンピュータ社でも把握しきれなくなり、パフォーマはいっきに市場にあふれ出すようになる。

ご存じのように1年後の1995年にはWindows 95が販売され、アップルコンピュータ社の優位性は薄れる。だが、パソコンは大流行となり、Macintoshの販売台数もそれなりに伸びていく。それにつれて新製品を矢継ぎ早に出荷していく。

だいたい、アップルコンピュータ社はマーケティング不在とささやかれるほど、販売予想の精度が低い企業だ。大量在庫を産むか欠品を発生させるか、常に2つに1つだった。不幸なことにパフォーマは、需要を大きく上回る数のマシンを工場から出荷させてしまった。これが膨張しきった流通経路で大量在庫となった。

一次卸の代理店の倉庫で眠る在庫、二次卸で眠る在庫、そしてショップの倉庫と店頭に積まれた在庫。これらを吐き出すために、パフォーマは捨て値で売り叩かれた。もともと低価格でぎりぎりのマージンしか期待できないパフォーマは、卸にとってもショップにとっても極端なやっかい者となってしまい、そのブランドイメージは瞬く間に地に落ちてしまった。

乱売が乱売を生み、パフォーマはアップルコンピュータ社の収益に甚大な影響を与えた。1996年1~3月期に同社は7億4000万ドルもの大赤字を出し、社内の運転資金は底を突く寸前までになる。サン・マイクロシステムズ社への売却が真剣に討議されるまでになった。目も当てられないありさまだった。

パフォーマは大成功から大失敗へ、ジェットコースターのような急展開を見せ、1997年春製造中止となった。
1997年、アップルコンピュータ社が瀕死状態のときにスティーブ・ジョブズは戻ってきた。彼は古巣に戻り、社内でバラバラに進んでいた開発作業を次々にストップさせ、事業を縮小させる。次世代基本ソフトである「コープランド」を中止させ、コンポーネントアプリケーション開発環境である「OpenDoc」を中止させ、パームトップ端末「ニュートン」の開発を中止させ、互換機から撤退した。彼は暫定CEOの名のもと、ほとんど整理屋として開発者から恨まれ憎まれながら、無給で働いた。まったくさんざんな労働環境だった。

そんな彼の努力が報われ、アップルコンピュータ社は翌98会計年度の第二4半期(98年1~3月)、ようやく収益が向上する。製造や物流など問題点を改善したおかげである。そして、彼がはなった戦略商品が本書で論じている「iMac」なのである。アップルコンピュータ社に戻って初めて行った攻めの戦略がiMacだった。iMacはパフォーマのような成功が絶対条件だし、パフォーマのような大失敗は決して許されなかった。今度失敗したら、iMacもろともアップルコンピュータ社自体の消滅につながるのである。

精度を上げずショップを絞るiMacの流通戦略

iMacの持つ商品の魅力やデザインの優位性は他のページに譲るとして、ここではジョブズが行った流通戦略に注目している。彼はパフォーマの失敗が相当応えたらしく、iMacは思い切った販路のセグメントを実施している。
パフォーマの失敗は流通在庫によるものであると彼は判断した。流通の各拠点にある在庫が価格の暴落や投げ売りにつながった。ならば、対策は簡単である、流通に在庫を置かなければいい。店頭で売れた分だけ工場から出荷すればいい。実に単純でわかりやすい結論に行きついた。

流通在庫をなくすため、アップルコンピュータ社はショップを絞った。多くの店に置くから在庫となるのである。数少ない優良店(アップルコンピュータ社からコントロールがきく店)に販売をまかせればいい。アップルコンピュータ社の代理店は約3700店舗ほどあるが、そこから取扱店をなんと100店舗近くまで絞ってしまった。びっくりするほど大胆な削減である。

さらに、在庫をなくすために各店舗で売れた分だけを工場からショップまで直送することにした。工場はシンガポール。それまで千葉県にあった最終組み立て工場を廃止して、その日に売れた分だけをシンガポール工場からほぼ毎日のように空輸する方式に切り替えたのである。

当然のように中間に入っていた卸(代理店=ディストリビュータ)は割を食った。それまでアップルコンピュータ社は卸に商品を渡すと、それ以降は口を出さなかった。完全に卸をなくすことはできないにしても、それまで与えていたリベートなどの特権はまったくなくなった。

こうして、アップルコンピュータ社は販売の最前線に近いところで情報を集め、工場での生産量を調整することになった。
当初はシステムの不慣れもあって、販売店から苦情が殺到した。「いつ入荷するかわからない」「予約も受けられない」「タマがなくては商売にならない」「傲慢だ」。店頭は常に品薄状態で、8月に発売されたもののこの状態は年内いっぱい続いた。販売店からの反発は米国も同じで、米パソコン販売2位のベスト・バイは、iMacの販売を取りやめた。5色構成のiMacを5台1組全色の一律仕入れを求める取引条件に反発してのことだった。

しかし、これらの戦略が功を奏したのか、メーカー希望小売価格は見事に機能した。翌年1999年5色のiMacが販売されたが、その直前まで希望価格通りに小売りされていた。5色のiMac以降、初代iMacの価格は12万8,000円に落ちたが、これもアップルコンピュータ社の希望価格である。

通常、新商品を出して数ヵ月でいけるとなると、増産体制に切り替え販路も拡大していくものである。パフォーマの場合もそうやって拡大していった。しかし、iMacは大学の生協数十箇所を増加しただけで、愚直に販路の拡大を控えた。あろうことか、99年に発売されたiBOOKの販売店は58店まで絞られた。iMacの半分近い店舗しか販売を許さなかったのである。

パフォーマの間違いを繰り返さないというのは理解できるにしても、ここまでやるのはいかがなものだろうか。
アップルコンピュータ社がやらなければいけないのは販売予測の精度の向上であり、流通経路の絞り込みではない。在庫があふれたのは販路が広がりすぎたのではなく、売れるあてもない製品を大量に出荷したからである。本来なら販売予測の精度向上に努めるべきところを、アップルコンピュータ社は販路をしぼり大きなビジネスチャンスを逸してしまったのではないか。交通量を減らすのに車を減らすのではなく、道路幅を狭くするようなムチャなことをしてしまった。

作ること(creation)と届けること(operation)

流通には2つの役割がある。1つは販売であり、これは誰もがわかることだろう。ものを売る場としての流通である。もう1つがコミュニケーションの場としての流通である。

人が商品を知るのは一般に広告と思われがちだが、小売店による告知の役割が意外と大きい。約半分の人がテレビや新聞などの広告により商品を知り、残り半分は小売店で実際その商品を見て存在を知る。小売店に商品を陳列することは、それだけ告知効果が大きいのである。さらに、小売店では視覚だけではなく聴覚、触覚、場合によっては味覚でもその商品に触れることができる。視覚だけの新聞・雑誌、視覚と聴覚だけのテレビなどよりも効果的な説得が可能なのである。

「配荷率」という言葉がある。100店舗中何店舗に商品が陳列されているかという数字だ。大塚グループやカルカンのマスターフーズでは、配荷率で営業マンの成績を評価している。営業マンの役割は店舗への陳列、すなわち棚取りまでであり、それ以降売れる売れないは商品の持つ力による。配荷率が高いにも関わらず商品が売れないのは商品に力がないためであり、営業マンではなくブランドマネージャの責任問題となるのである。

ものを売るにはこの配荷率を高めることが大前提であり、販売店を絞り込むというのは常識的ではない。市場での飢餓感をあおったり、希少価値を演出するために、お店を絞り込むことはあるが、それは例外である。ましてや、パソコンのように成長過程や成熟した商品は配荷率の高さが重要な商品である。加えて、iMacはデザインが売り物の製品であり、iMacの店頭での陳列効果を狙わない手はない。だが、不思議なことにiMacはこの効果も前提も拒否し、かたくなに販路を制限してきた。

ところで、パソコンのようなハードウェアの商品でも配荷率つまり取扱店の数が重要であることは、日本の家電業界が長らく証明してきている。
ナショナル系列がトップで市場シェア全体の25~26%を占め、この後に東芝やソニーが続いていた。この割合は、実は系列店の店数シェアとまったく同じだったのである。

本書後半でコンサルタント田崎氏が主張しているように、作ること(creation)と届けること(operation)がバランスがとれて初めてビジネスとなる。作るだけでは商品がないことには届けることもできない。アップルコンピュータ社は作ることにかけては評価されてきたが、届けることがいかにも拙い。iMacは、作ることと届けることが奇妙にアンバランスのまま、それなりに売れ続け話題となっている商品である。
iMacは初年98年中に80万台販売され、これは当初計画の2倍にあたるとアップルコンピュータ社は発表した。スティーブ・ジョブズはこれを望外の喜びとしたが、逆に見れば倍も狂うほど当初計画が甘かったのである。

「Apple Store」の評価

1999年になって、国内の多くのメーカーがインターネットを利用したパソコン直接販売に乗り出した。東芝、ソニー、松下などが参入したし、IBMや日立はこれ以前からサービスしていた。直販を始めたのはデルコンピュータ対策である。

デルコンピュータ社は直販最大手であり、業界の風雲児マイケル・デルが率いる企業だ。パソコンの売上で業界トップに肉薄する勢いで急成長し、既存メーカーのシェアを奪っている。マイケル・デルは生まれながらの商人のような男で、小学生のとき切手の通信販売に乗り出し、およそ子供らしからぬ巨額の成功を収めた。これで通信販売のうまみとコツを身につけたらしい。大学生になってからはバンにパソコン部品を積み込み、キャンパス内で商売していた。そのまま、パソコンの通信販売にのめり込み、今に至っている。昨日今日通信販売を始めた大企業とは鍛え方が違う。

米国アップルコンピュータ社は「Apple Store」の名称で1997年から直販に乗り出し、日本国内では99年から行っている。本国に2年遅れた形だ。既存ルートへの配慮から遅れたようだ。取り扱うのは「iMac」やノート型の「パワーブック」、上位モデルの「パワーマッキントッシュ」などのパソコン本体やソフト、周辺機器。「パワーマッキントッシュ」では購入者の希望する仕様変更に応じるBTO(受注生産)にも対応している。

「取り扱い店舗が少ないため、iMacが手に入りづらい地域も多い。直販はこうしたアップル製品を買い求めにくい地域のユーザー開拓に役立つ」などといっているくらいだから、おとなしいものである。おとなしいだけあってさほど話題にもならず、成功したともいえないし、だからといって失敗しているわけでもない。

一般にメーカーの直販サイトは、既存販売店に気兼ねして市場価格の1~2割ほど高く価格を設定している。しかし、「Apple Store」は普通の量販店と変わらない価格設定であり、このスタンスは評価が高い。だが、来訪者を増加するような努力をしていないか、していてもほとんど効果をあげていない。

「Apple Store」で買ってみようかと思わせる魅力的な付加価値の強力な打ち出しが必要なのである。たとえば、「Apple Store」のためだけの広告を展開する、「Apple Store」だけで購入できるオリジナル商品を用意する、ユーザーからのリクエスト商品の製作を検討するといった、「Apple Store」ならではの特典を展開することなどが考えられる。

なお、インターネット通販における問題点も無視できない。インターネット通販では、パソコン本体があまり売れていない。売り上げの中心は、圧倒的に周辺機器である。現在のインターネット通販利用者の多くがパソコン上級者であること、そして、彼らでもインターネット通販においては、単価が安くリスクも少ない周辺機器を購入している、というあたりにその理由があるようだ。

eコマースがさかんになり、他社もメーカー直販のオンラインショップを持っている時代に、アップルコンピュータ社は直販できる、というウリは弱い。差別化にはならない。他社にはない「Apple Store」独自の魅力溢れる展開が望まれるところだ。

なぜか。インターネット直販が注目を浴びているからではない。
需要予測の技術が稚拙で配荷率が上げられないアップルコンピュータにとって、インターネット直販という販路は、他のパソコン企業とはまったく違った重要性を帯びているからだ。

企業と生活者の最大の接点である小売り現場。「配荷率」を高めなければものが売れないというビジネスの根幹である店頭。ここで他企業に立ち後れたり、失敗すれば、アップルの流通戦略は壊滅的な打撃を被ってしまう。逆に言えば、流通戦略という観点では、この「Apple Store」という存在は生命線にすらなるのだ。
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