同じ数字が180度異なる判断の不思議
「消費者調査のデータでは、評価はかなり高いはずなのです」
商品が売れないという相談があった時にいきなり相手の担当者からこのような言葉が出ることがあります。
「え? おかしいな。数字は嘘をつかないのに」と思った瞬間、反射的に出てくる言葉が、これです。
「そのデータを見せてください。分析はいりません。数字だけで結構です」
「これです」
「ははぁ。やっぱり」そこにある数字は
「売れる、評価が高い」 という、彼や報告書のことばとはまったく裏腹に
「買いたくない」 という生活者のつぶやきがはっきりと出ています。
同じ数字なのに一方は成功、私は失敗の予測が出てしまうのはなぜなのでしょうか。
その秘密を書き始めたら、本を3冊も書けるほど、たくさんのノウハウの説明が必要です。しかし、少なくともここで言えることがあります。
「データを取った(調査をした)だけでは意味がない」 ということです。
「データは読み込んでこそ、初めて意味を持つ」 のです。
私と彼は同じデータを見ています。しかし、それからの判断か違います。
180度も変わっているのです。
調査とは怖いものです。過去記事「みんなって一体だれなのさ」でも指摘したように、
「ある数字を分析する人間が『高い』といえば、その数字は高いのであり、『低い』といえば低いのだ」 という単純な話ではありません。
このことばをメールマガジンで書いた筆者の方は調査の数字は見たことがあっても、きちんと設計し、実査し、分析したことがない方なのでしょう。
いや、もしかしたらそれは酷な話なのかも知れません。
プロであるはずの調査会社でも似たようなことを言うリサーチャーもいるからです。マーケティングと調査の甘い関係
マーケティングと調査は切っても切れない仲です。
だからでしょうか。
古いタイプの企業組織では、マーケティング部とは名ばかりで、内情は調査部であることも多いものです。広告代理店のマーケティング部はその典型でしょう。また、調査といえば浮気調査などの探偵業をイメージする方もいるし、スーパーなどの商圏調査を思い浮かべる人、企業秘密を探る産業スパイなどのイメージを持つ人など様々です。
従って、マーケティングでは「市場調査」や「消費者調査」のように、他の「調査」と区別した単語を使うことがあります。加えて、アンケートの数字は新聞やテレビ、雑誌など様々なメディアで紹介され、私たちに身近な存在になっています。
例えば、東京大学が実施したインターネット・ユーザーを対象とした調査で、
「テレビを見る時間が減った人 34%」
「睡眠時間が減った人 32%」などという新聞記事を見ると、
「ほうほう、インターネットをする人の1/3は、睡眠時間やテレビの時間を削ってまで、没頭しているのか」 という感想を持つことになります。
今や、データは見るだけの時代ではありません。
素人さんでもアンケートを作ることがあります。
特に、ホームページを見ていると、個人サイトでもアンケート調査と称したページも多く見かけます。個人経営のレストランや旅館などでもアンケート用紙が置いてあり、よく言えば手作り、悪く言えば知識のない素人さんが作ったことがはっきりと分かる質問が並んでいます。
「一億総マーケター」ということばが一時期雑誌でもてはやされたこともありますが、それを如実に感じるひとこまです。
しかし、調査データを読むときに、無定見に臨んでは危険であることを、過去記事「みんなって一体誰なのさ」でご紹介しました。
この記事では良くある間違いを中心にデータの持つ危険性を説いたつもりですが、どうしても一面的なお話しかできません。もちろん、このメールマガジン自体がマーケティングという実務科学を少しづつ切り取ってお見せしているわけですから、仕方がないところでもあります。数字の見方や危険性などを別な角度からテーマにした記事を今後組み合わせることで、全体像をおぼろげながらであっても、お見せする気持ちは変わりありません。
しかし、その前に一度まとまったお話をするのも悪くはないと思い、「サルにもわかるシリーズ」に調査という項目を加えることにしました。ただし、私の記事です。テクニック的なお話は極力避けました。
その代わり、調査データや調査会社とつきあうにはどうしたら良いかを中心に記事を進めることにしました。「サルにも分かる調査入門」というタイトルよりも「サルにも分かる調査会社の使い方」といった趣の記事になってしまいましたが、基本は同じです。調査データを縦横無尽に使いこなして、仕事を楽しくやっていきたいものです。
なお、調査技法に興味がある方は、各種の調査入門的な書籍を参考にしてください。良くできている教科書などがたくさんあります。
【以下、小見出しと最初の段落のみをご紹介します】
その1: 調査が必要になるのは従業員30人以上の会社から
まず、一番大切な前提条件からお話ししましょう。
調査や生活者データをせっかく勉強しようとしている読者の皆さんには申し訳ないのですが、調査は小さい規模の会社には必要がありません。
特に、日本の会社の70%を占める従業員5人以下の会社ではなおさらです。その2: データは信用してかかれ - 自分を疑うことと見つけたり
【お断り】 ここでいうデータは、きちんとしたプロの調査会社などが実施した調査のデータのことをいいます。
雑誌やテレビなどが実施した調査はいい加減なものが多いので、信用してかかるのは危険です。新聞は、全国紙は信用できる場合が多いのですが、専門紙は気をつけなければならないことが多いと考えてください。「データは疑って読め」と考えている人が多いのに驚きます。
その理由は様々ですが、代表的なのは次の2つです。
「自分の感覚とデータが違う」 「調査に従って商品開発をして、成功した試しがないから、調査を信用しない」 その3: データは信用してかかれ - 賢い調査会社の使い方
「調査の使い方はひとつの専門知識であることは分かる。だからこそ、そのためにプロがいるのではないか」 という反論があります。
その通りです。
しかし、そのプロの能力がないということと、調査自体が信頼するに足りないということとは別にして考えなければなりません。その4: データ「だけ」に頼るな
アンケート調査は確かに便利です。
人の考え方や判断を数字に置き換えてくれるので、数字の見方さえ収得できればこんなに分かりやすいことはありません。しかし、限界もあります。
調査の限界のひとつを、私はいつも次のような言葉で表現しています。
「調査が最も得意なのは、【現在の生活者のこと】
次に得意なのは【過去の生活者のこと】
最も不得意なのは【未来の生活者のこと】」その5: 調査は所詮、スライス・オブ・ライフと心得よ
前の項「データだけを信用するな」と似て非なるものです。
私は調査を「象と7人のめくら」と比較して話をすることが良くあります。
ある7人の視覚障害者が象を触って、喧嘩をしています。
鼻を触った1人は「象というのは、ホースのようなものだ」
足を触った1人は「いいや、象は丸太のようなものだ」
お腹を触った1人は「お前たちは何を見ているのだ。象ってのはな、カベみたいなものなのだぞ」調査データはナイフ
ところで、私自身が過去に経験した調査本数を改めて数えてみると、約4,000本にも及びます。よくもこれだけやったものだと、この記事を書くときに苦笑いしながら数えていました。