無料会員登録ボタン
ネットブックに虹の彼方が見えるか 2009.9.1

不景気には「基本ニーズ」のプロジェクト?

「みぞゆう」の不景気です。
自動車、金融、不動産は壊滅状態。
そしてそれらに関連する産業、例えば広告、テレビなどのメディアも散々。
また、不景気や円高、輸出減少ということで、家電、外食も大打撃。
その結果、派遣切りが話題になり、昨年末の日本経済のGDPはマイナス12%と、オイルショック以降最大の下げ幅になってしまいました。

そんな中、ある同業者から、電話がかかってきました。

「森さん、森さん、ちょっと教えて欲しいのだけど」
「ん?なに?中川さん」
「えと、森さんは、コンサルタントとして、90年のバブル崩壊から独立してやってきているんですよね」

確かに、シストラットの設立はバブル崩壊直後です。
だから、友人達とは
「これ以上、悪くことはない状態でのスタートだから、気が楽だよね」
と笑い合っていたものです。
その後、今に至るまで、ITバブルの崩壊などいくつかの「不景気」を経験しています。

「そこで、教えてほしいのだけど、そういう不景気を乗り切ってきた森さんのノウハウってなんなんだろうと思う訳です。
不景気には不景気の対処方法ってあるんでしょ。
それを教えて欲しいんです」

「え?」と絶句する私です。
「いや、そんなことを考えたこともないです」続けて言います。
「不景気でも好況期でも、私の対応は変わりません」
「え、そうなんですか」とびっくりする彼。

同業者にいじわるをしている訳ではありません。本音です。

「あ、そういえば」と私。
彼があきらめて電話を切ろうとしたその時、ふと思い当たるフシがあって、話を続けます。

手法やオリジナル理論などは時代によって進化しますが、マーケティングの立ち位置である

「生活者の頭の中を探り、先回りする」

という点はマーケティングを初めてから30年間というもの、ずっと同じです。

でも、クライアントの要求する点は好況期と不況期では異なります。
予算が大きいとか小さいとかの問題ではありません。
質の変化です。

好況期には商品開発のプロジェクトが多くなります。
また、好況期には「感性マーケティング」や「物語マーケティング」といった、感性的なマーケティングへの興味が高まります。
つい最近まで、アマゾンでのマーケティング関連書のトップはそういったものでしたし、90年代のバブル時もまったく同じ傾向でした。

それに反して、不況期は、私が

「基本ニーズ」

と呼んでいる、

「生活者のニーズを、もう一度、原点に戻って、きちんと掴んでいこうよ」

といったプロジェクトが増えてきます。
そして、感性とは逆の理論的なマーケティングが好まれる傾向が強くなります。

それら2つは比率の問題です。
好況期も不況期もどちらかのプロジェクトが100%になることはありません。
だから、シストラットは好況、不況の波をかぶることがないのでしょう。

そんな話を中川さんに伝えました。
すると、ピンと来たようで、嬉しそうに電話を切っていきました。

それからというもの、他の人たちから似たような電話が相次ぎました。
同業者だけでなく、クライアントからも同じような相談が増えてきたのです。

それなら、メルマガの読者にもそういうニーズがあるだろうと書いたのが、今回の記事です。
ただ、コンサルタント側からの視点では身近さに欠けますので、一旦、読者側にテーマを変換します。

「好況、不況でヒットの法則は変わるのか」

ビジネス誌では

「不況だから、こういう商品がヒットした」
「いま、元気な企業に不況下のヒット商品の出し方を学べ」

といったタイトルが並び、あたかも、それらの事例は不況だから成功したイメージを読者に与えてくれます。

ところが、よくよく読んでみると、こじつけだったり、間違った分析を元に記事が書かれたりしています。
ここ数ヶ月こそ、多少マシになったとはいえ、まだまだ「こんな記事を参考にしたのでは、却って失敗しそうだ」といったものも目立ちます。

要するに、先ほど友人に言ったように「基本に則ればいつの時代にもヒットする」が今回、皆さんに伝えたいことなのです。
今の時代を生き抜く参考になればでも、こんなに嬉しいことはありません。

不況ヒットの代名詞、ネットブック?

まずは事例です。
ネットブックのお話です。

ネットブックとは「ミニノートパソコン」とも呼ばれ、約1kgの軽量ノートパソコンです。
かといって、私が使っている東芝ダイナブックSSや、ビジネスマンに人気のレッツノートといった従来の軽量ノートはネットブックとは呼ばれません。
ネットブックの最大の特徴は約5万円という価格の安さだからです。
従来の軽量ノートは20万円以上。

それなら、単に「低価格軽量ノート」といえば良さそうなものですが、なぜ「ネット」という名前が付いているのか。
「ネットとメールくらいしか使えない性能の軽量ノート」だからです。

というのも、ネットブックは元々が「200ドルパソコン」と呼ばれる「発展途上国向けの低価格パソコン計画」が発展した商品だからです。
主に教育に役立ててもらう目的ですから、動画再生よりもネットやメールの方が大切ですし、パソコンのスペックも低くて済む。

発展途上国が市場ですから価格が安いことが一番。
電源が供給されていなかったり不安定なことも考慮して、バッテリー内蔵のノートが最適。OSはライセンス料が必要なWindowsは避けて無料で使えるリナックス。
…といった具合にスペック要件が上げられていました。

それからしばらくして、その「200ドルパソコン」に、WindowsXPを乗せてメモリやSSDを強化した500ドルパソコンを発売したところ、アメリカで大ヒットしてしまったのです。
まもなく、それが日本にやってきて、またまた大ヒットしたというわけです。

このネットブック、昨年から今年にかけて売れに売れました。
イーモバイルが「100円パソコン」と称して、加入を条件にネットブックを100円で売ったせいもあり、一時期はパソコンの出荷台数の4割も占めたほどです(ちなみに、彼らは100円でパソコンを売った訳ではありません。月々の回線使用料にしっかりとネットブックの代金が分割して含まれています)。

ネットブックを最初に発売したのは台湾の部品メーカーASUS。次に台湾パソコンメーカーのエイサー。
しばらく日本のメーカーは様子見を決め込んでいました。
何せ、20万円のパソコンを揃えているのですから、わざわざ5万円の安いノートパソコンを発売して自分の首を絞めることはないからです。

ところが、あれよあれよという間にネットブックが売れてしまったから、さあ大変。
東芝を皮切りに、NEC、ソニー、富士通、シャープも仕方なく参入。
主要メーカーでは唯一パナソニックだけが静観を決め込んでいます。

ところで、現在のネットブックに欠かせないのがWindowsXPです。
リナックスでは手持ちのソフトが流用できませんし、VISTAでは重すぎるので使いにくくなる。
ネットブックがここまで普及したのは、安くて低電圧、かつそこそこの性能のインテル新CPU、atomシリーズの登場もさることながら、マイクロソフトがネットブック向けにWindowsXPを安く供給したのが大きな要因です。

VISTAの売上げがまったく伸びず、普及率20%程度にしかなっていなかったこともあり、次のWindows7が出る前になんとか売上げを確保したかったのでしょう。
XPは減価償却が終わっていますから、売上げは丸々利益になる。
ただし、メーカーが通常より安い価格でXPを仕入れるためには、ネットブックのスペックに様々な制約が課せられます。

液晶のサイズやメモリの上限など、事細かに決められています。
ネットブックが各社似たようなスペックなのはすべて、このせいです。
ソニーVAIO TypePはジーンズの尻ポケットに入るサイズで人気が出ましたが、OSはVISTAです。
TypePのスペックがマイクロソフトの制約に従っていなかったので、XPは使えなかったのが理由です。
その分、価格も高く、5万円程度のネットブックの倍近い10万円前後します。
その後、しばらくしてTypePのXP版が発売されました。
マイクロソフトとの交渉がうまくいったのでしょう。

さて、このネットブック、ビジネス雑誌ではユニクロや餃子の王将とともに、「不況での成功例」のひとつとして、頻繁に上げられています。

ビジネス誌の表紙には
「好況企業に学ぶ、不況下の戦略」
といったタイトルがあり、事例としてネットブックが上げられるのです。

ある有名なビジネス誌で
「不況では、引き算の価値を訴えろ」
という特集がありました。

ここでもネットブックが登場。
「あれもこれもできます、ではなくて、これしかできない。
その代わり、その分安いから従来の商品の代わりに購入される」
商品が不況でヒットする、といった内容です。

ご丁寧に家庭支出が落ちているグラフまで載せて、いかにも
「ほらね、一般家庭の購買力が下がっているのだから、パソコンだって安くないと買ってくれないのよ」
といいたげです。

確かに、高価格帯のパソコンの売上げは落ちる一方、ひとりネットブックだけは気を吐いていますから、そう言いたくなるのも理解できます。

【以下、小見出しと最初の段落のみをご紹介します】

「不況下での成功」への2つの疑問

しかし、その記事に限らず、ネットブックが「不況下の成功例」とするには、私にはどうにも違和感がありました。

なぜか。
2つの疑問が沸くからです。
ちょっと説明します。

たった12%のイノベータが40%のシェアの原因となるか

次の疑問はどうか。
たかだか12%程度の人口しかいないイノベータが出荷台数の40%のシェアを占めるほどのチカラがあるのか、という視点です。

パソコンにおいて出荷台数40%というラインは特別な意味を持ちます。
このラインを越すと、「大ヒット」として一般雑誌や新聞にも書き立てられ、初心者にも知れ渡るからです。

ネットブックは不況でなくても売れた

さてと、ここで終わってしまっては面白くありません。
「メディアの分析を鵜呑みにしないこと」は今回の記事の主旨のひとつですが、そもそもが「不況時には基本に返る」がテーマですから、「ネットブックの基本とは何か」を見ないことには始まりません。

ユニクロは高い

ネットブックから離れて、もうひとつ、別な例を上げましょう。
今度は単純なケースです。

ユニクロです。
当時1万円したフリースを1,980円で発売し大ヒットを飛ばしたために、長らくユニクロのイメージは「安モノ」でした。
今でも、そんなイメージを持っている人もかなり多く、ビジネス誌でも
「ユニクロがこんなに好調なのは、安いから」
といった論調が目立ちます。

迷ったら原点に戻れ

こうやってみると、ヒット商品にはヒットする理由がちゃんとあります。
「巣ごもり現象」に起因する「うちで作るごはん」や「リビングで見るレンタルDVD」のような「不況期特有」のヒットもあります。
しかし、ヒット商品の多くは関係ありません。

生活者を知ることが原点中の原点

どうすればいいのかは先ほどお話ししました。
でも、メルマガの結論としてはさすがに広範囲すぎます。
なので、その中で最も大事なことを1つだけ最後にお話ししましょう。

ネットブック、ユニクロのヒット法則に共通なもの。それは、ターゲット、つまり、生活者です。

menu back 無料会員登録ボタン

Copyright ©1998 -  SYSTRAT Corporation. All Rights Reserved.