■「ナウイぜ、以上」【IT産業】

トリケラトプス

奇っ怪、奇妙キテレツが電波を飛び交う日

「携帯でJサイド。ナウイ」と大橋巨泉が言えば、ビキニ姿の外人女性が「ヒシサブリニ、キイタ」と答える。
…な、なんですかぁ、これ?
名刺のような紙がドミノ倒しになって、何本も広がっていく。「携帯電話、インターネット、世界が広がる」とナレーション。
…え、ええええ?
「ト・リ・ケ・ラ・ト・プ・ス」と今をときめく若者のアイドル・ミュージシャン浜崎あゆみが、折れそうな長い爪でキーボードを叩くと、恐竜が出現。
ライコス。
スーパー入る。
…わわわわ、な、何が起こったの?

最近、奇っ怪な広告がテレビ画面をところ狭しと跳びはねています。
いや、いにしえの昔から、テレビ広告に奇っ怪、奇妙キテレツな画像が流れるのは日常茶飯事です。そう驚くものでもありません。

従来の広告業界の常識でいえば、奇妙な広告には3つのパターンがありました。
1つ目は競争相手が大量の広告を流しており、そのまま普通に作っていたのでは自社広告が目立たないから、やぶれかぶれで訳の分からないものを作って「話題にさえなればいい」とばかりの「カミカゼ特攻隊」のような企画案にします。
古くは三菱自動車のエリマキトカゲがそれにあたります。サントリーモルツのとんねるずバージョンもこの仲間です。ちょっと趣は違いますが、リコー・カラープリンタの動物シリーズもこの中に入れて良いでしょう。

2つ目は、かつての禁煙パイポやピップエレキバンのように、中小企業で広告予算が少ないから、とにかく目立つものを作って予算の不足分を話題でカバーするもの。

最後のパターンは「訳が分からないのがおしゃれだぜ」とばかり、パルコの亡霊を追いかけただけの安直な勘違いファッション広告です。これについては別の機会に記事のテーマにしたいと考えています。
あ、ただ、個人的にはGAPだけは特別扱いさせてください。なぜか、あの広告好きなんです(笑)

とはいうものの、IT産業(情報技術産業)の広告はすさまじいものがあります。
ファッション産業を除けば、産業すべての広告がこのような「やぶれかぶれ型」なのは前代未聞です。

比較的マシなプロバイダの広告も「皆さん、うちのことは知ってますよね」という前提で作られたものばかり。とりあえずまともに近いソネットの広告だってほめられたものではありません。

だって、いきなり床を破って、たこが乗った潜水艦が飛び込んできて

「ニフティ。以上」

ですよ。これが「@nifty」という日本で最大の会員数を誇るプロバイダだと誰が想像できましょう。

いや、これを見て、

「@niftyという名前は知らなかったけど、プロバイダの広告だとすぐに分かった」

という読者の方は名乗り出てください。真っ向からその人に喧嘩を吹っかけさせて頂きます。覚悟おし(笑)

@niftyの広告を初めて見た時、私は10年間続いた@niftyを脱会しようかとマジに思いました。会員増の効果があるなら我慢もします。でも、あの広告を見て、「@niftyに入会しようかな」と思う人が相当数いるなら、私はコンサルタントを廃業します。

1会員としての立場で言えば、それだけの費用があれば、もっと通信環境を充実して欲しいと切に思うからです。少なくともテレホタイムや週末に突入すると動きが無茶苦茶鈍くなるのは緩和されるでしょう。

自分の会費が環境向上のために使われるのではなく、ドブに捨てるしかない低水準の広告に使われるのなら、他のプロバイダに乗り換えたほうが利口です。
ただでさえ、@niftyの法人契約は個人契約より割高なのですから。

素直なクライアントと真面目なクリエータのハーモニー

パラポナアンテナ「やぶれかぶれ」広告に戻りましょう。
金が余って余って、広告でも流さないと税金で取られるからばかばかしい。だから、経営者一個人として趣味でやってみたというなら、私は何も言いません。
自社の金をどう使おうが、プロジェクトの依頼もないのに私ごときが口を挟む筋合いがないからです。実際、税金で取られるなら広告をしてしまえという会社も存在します。

しかし、テレビ広告をするには最低でも3億円、場合によっては10億円くらいかかることもあります。もし、万が一真剣に冒頭のような大橋巨泉の広告で売り上げを上げようなどと考えているならば、悪いことは言いません。
即刻中止したほうが身のためです。従業員の生活のためです。

さて、いつもより、皮肉っぽい書き出しで始まった今回記事のテーマはIT産業の広告です。
ヤフーの株価1億円が話題になりマザーズが話題沸騰する中、これから、豊富な資金にものを言わせて、IT関連企業がどんどんテレビ広告の世界に入ってくるでしょう。
でも、財務的に基礎体力がある企業ならまだしも、ベンチャーキャピタルなどの後ろ盾で資金調達をしているような企業の場合、一歩間違えればアウトです。倒産です。

アクティブ読者のまつおさんのようなプロがいれば心配する必要はありませんが、ベンチャー企業のような中小だと、広告担当者を新たに採用することはしないものです。

英会話NOVAの業績不振の一つが広告費の負担増加という事実を見るまでもなく、テレビ広告は売り上げを上げる魔法の電波となると同時に、業績の足を引っ張る「クモの糸」にもなり兼ねません。
それだけに使い方を誤ると大変なことになります。

普段なら、

「ま、いいか。どこがが失敗してからケーススタディとして取り上げれば、私の話にも説得力が出るから…」

と冷静に見守っていきます。

ところが、このメールマガジンの4割近くの読者がIT関連に従事している技術者の方たちです。ひとごとではありません。
そこで、今回はこれから広告をする可能性があるIT産業の方たちのために、広告の基礎知識をご紹介します。

こういう話すると必ず「シストラットの営業をしている」と揶揄や非難する方がいらっしゃるので、あらかじめ申し上げておきます。
シストラットではこの記事を読んでのIT関連企業からの広告戦略の依頼は、お受けできません。わざわざシストラットにお金を払わなくても、ある程度のレベルならまともな広告が作れるからです。

これからお話する内容は、私の独自の考え方は別にすれば「素直なクライアントと誠実な広告代理店」の関係なら、当たり前に出てくるものです。私がわざわざしゃしゃり出て、有料アドバイスをする必要はまったくありません。
ただ、個別無料相談サービスも行っておりませんので、悪しからずご了承ください。

秘密の会話?

では、冒頭の広告はというと、クライアントの広告担当が広告の知識もなしに

「俺だってテレビ広告くらい作れるぜ」

とクリエータごっこをやってしまったか、よほどたちの悪い代理店にぶつかってしまったかのどちらかです。

ちなみに、私の予想は前者です。
「良い広告」と「普通の広告」の差はクライアント4割、クリエータ6割の功績ですが、「ひどい広告」と「普通の広告」の差はクライアント8割、クリエータ2割です。
広告代理店には確かにやくざなチームもいますが、大半はまともな神経を持っています。彼らがその常識を外すのは、そのほとんどがクライアントのせいです。

マーケティング「ねぇ、本当にこの表現でいいの?」
クリエイティブ「『こういう方向で作れ』と言われたけどさぁ。俺もそう思うんだけど」
営業「いや営業としてはクリエイティブにもマーケティングにも口を出すつもりはないんだけどさぁ…」
クリ「ボソボソ(十分、口を出してるじゃんか)」
営業「何か言った?…でもさ、ほら、あのクライアントの宣伝部長、自分が気に入らないとドンドン代理店をクビにするじゃない。
白クマ広告社だって、腰痛社だって、あの部長の逆鱗に触れたから、20億円の扱いが吹っ飛んだの、知ってるでしょ?」
マー「まあ、腰痛社なんかは相当居丈高な営業をしているから、当然という気もするけど。
あの森さんが若いときに、腰痛社員と殴り合いの喧嘩をしようとして、同僚や部下10人くらいに押さえ付けられたって話だし」
クリ「え?あの森さんが?それは珍しい。よく怒鳴ったりするけど、手を出すような人じゃないよね」
マー「そうそう。でさ、あの人、昔、合気道と空手をやってて、アメリカでは相当ストリートファイトなんかをやってたから強いらしいよ。
ピストル相手くらいなら、簡単に勝てるって豪語してたけど、いや、あれホントだぜ。
ヤクザ相手ですら全然ビビってなかったもん」
営業「あのさ、森さんの話なんかどうでもいいんだけどさ。
でさ、アカウント・エグゼクティブの立場としてはさ、クライアントのニーズをくみ取るのが役割なわけよ。
広告がいいか悪いかは最終的には代理店が決めるんじゃなくて、クライアントが決めるのが常識でしょ?」
クリ「クライアントの言うことが嫌なら、代理店のクリエイティブじゃなくて、独立しろ…ってか」
マー「そうなると、今度は代理店の言いなりになれ…ってか」
営業「ね?代理店は結局アカウントを持ってナンボだしさ。
2人には悪いと思ってるんだけど、これが僕の仕事だし、ここでアカウントがなくなると、このチームも上層部から覚えが悪くなるのは、営業としても忍びないんだよね」

という会話があったのかどうかは知る由もありません。でも、よくある光景です(笑)

テレビ広告は魔法の杖

ほうき魔女一般の方のテレビ広告のイメージは「金がかかる」「でも売り上げは上がる」です。
テレビ広告には金がかかるから、そんな大金が出せる会社の商品は安心できるというイメージは厳然と存在します。ペットフードが「イヌ、ネコのエサ屋」から「ペットフード『会社』」にイメージが変わったのもそれが原因ですし、「サラ金」が「消費者金融」になったのも、テレビ広告のパワーです。

実際、テレビ広告は3億円が最低ラインです(地方はもっと安いですが)。
雑誌の40~50万円や新聞の200~300万円とはケタが2つも違います。
だから例えば、ホッカイロのメーカーの売り上げがたったの30億円、従業員数50~60人だと誰も信用してくれません。最低でもその10倍の300億円くらいの会社だと思っている人が大半です。

そんなパワーを持つテレビ広告だからでしょうか。たまに、食品などの中小企業の商品やパンフレットに

「テレビ広告放映中!!」

などと誇らしげに印刷してあります。
経営者はよほど、嬉しくて誇らしかったのでしょう。ほほえましい光景です。

こんな時、

「テレビ広告は商品を知らしめるためにあるのだから、商品がテレビ広告を知らしめようとするのは本末転倒である」

などと意見するのは不粋というものです。

さて、テレビ広告が売り上げに与える影響はどうでしょうか。
勇ましい話がどんどん飛び込んできます。
古い話で恐縮ですが、王監督が選手時代に出演していたナボナ。いつもは

「ナボナはお菓子のホームラン王です」

でおしまいのところに、

「『森の唄』もよろしく」

と一言添えただけで、売り上げが40倍に跳ね上がったことがあります。

脱サラの2人が作った会社で、失敗したら倒産するしかないと背水の陣で作った

「…私はコレで…会社をやめました」

で一躍売り上げが100倍になった禁煙パイポ。

【注】「禁煙パイポCM」(2013年7月5日追記)

最近では

「芸能人は歯が命」

で一躍自社ブランドの市場シェアが2年間でゼロから10%になってしまったアパガード歯磨きのサンギがあります。

【注】「アパガードCM」(2013年7月5日追記)

その他、広告用に作った夫婦漫才で

「勉強しまっせ」

で躍進した引っ越しのサカイなど、例を上げればきりがありません。

【注】「引っ越しのサカイCM」(2013年7月5日追記)

こういう例を見ていると、テレビ広告は打ち出のこずちに見えても不思議はありません。それが誤解、勘違い、妄想、予想、希望、期待、間違いだったとしても、です。
テレビ広告の唯一の障壁はその価格。だから、お金さえあれば、テレビ広告をしたいと考えるのは無理もありません。気持ちはわかります。

「それなりの理由を」「一定数以上の人たちに」

桃天でも、テレビ広告をしている商品を冷静に観察してみてください。「みんな」売り上げを伸ばしていますか?
コカコーラのタブクリアは一説によると広告費20億円。でも、現在の売り上げはほとんどゼロ。

桃の天然水で大ヒットを飛ばしたJT飲料も、設立初年度は広告費20億円に対して、「売り上げが」20億円。
同じく、JTの子会社で吉富製薬との合弁会社であるライフィックスの初年度もフミヤと秋吉久美子を使った広告費が20億円に対して、売り上げがやはり20億円。
現在は細々とベッセンDという栄養ドリンクを売っています。

逆から見ましょう。
私たち生活者はテレビ広告を見たからといって、全部の商品を買っているわけではありません。「おいしそうだったから」とか「頭に残っていて、たまたま店頭で見かけたから」などのそれなりに理由があったものだけです。
だから、「生活者に『それなりの理由を与える』ことができる」広告だけが、売り上げに繋げることができるのです。そうでないものは、数億円の無駄遣いになります。

また、「それなりの理由」を与えることができたとしても、例えば1,000人にしか理由を与えることができない広告ならどうでしょう。
10億円を費やすと1人あたり100万円の費用がかかる計算です。1ケ月に1本120円のジュースを買わせたところで、1人あたり年間998,560円の赤字です。

そう。テレビ広告は単に作っただけでは意味がありません。

「それなりの理由を」
「一定数以上の人たちに」

与えなければならないのです。そのために広告のプロが存在します。

ところが、広告は見ている側が幾らでも意見が言えてしまう分野です。素人であってもプロであっても感想をいえてしまう。だから、良くある間違いは素人さんが

「あんなばかばかしい広告なら、俺のほうがもっといいものが作れるぜ」

と誤解しやすい分野でもあります。
(そう言われても仕方がないプロ側にも問題がありますが)

これがインターネットのメーリングリストでのディスカッションで留まっている分には何の影響もありません。むしろ、勉強になることもあるので、きちんとしたアドバイザーさえいれば、大変いいことです。

でも、実権を握った宣伝部長となると話は180度変わります。
ビジネスです。
億単位の金が動きます。
思惑が飛び交います。
プライドがかかっています。
数100人いや場合によっては数10万人の社員の生活がかかります。
おままごととは根本的に質が違います。

私のメーカー時代に素人さんの広告の誤解に遭遇したことがあります。ある新規事業のために大きな人事移動があったのですが、商品開発も広告も経験者がいない信じられない人事配置になりました。
担当者が相談に来ました。私は商品開発部の調査担当で、かつ、その会社では最初のブランドマネジャーとして、商品開発から広告まで面倒を見る職種についていたからです。
彼が持ってきたのは1枚の4コママンガのような絵。

「森さん、この自信作でテレビ広告を作りたいんです。
絶対に成功しますよ。唯一の問題はクリエータっていうんですか、作れる人のコネがないことです。
誰か一流の人を知りませんか」

と来たものだから、プツンと切れました。

「商品開発や広告をなめんなぁぁぁ!
ガキンチョのお遊戯じゃないんだぞ。
事前に相談もなしにいきなりやってきて、作れだと?
第一、作った広告をどうやってテレビ局に流すんだ?
まさか、クリエータがやってくれると思っているんじゃないだろうな」
「え?違うんですか?」

「ふぅ」怒りのテンションが一気にしぼんでしまいました。

「あのなぁ。それで制作費は幾らかかるとか、そういうことは宣伝部に聞いているんだろうね」
「いえ。でも、今回は金かけますよ。予算800万円も用意したんですから」
「!!ざけんなぁ」また切れました。
「お前なぁ、うちの●●の広告、幾らかかってると思ってるんだぁ?
あれで8,000万円だぞ!」

す、すいません。思い出し怒りのため、一部脚色してしまいました。
30才。血気盛んな時でしたから。
9割実話で1割ウソです(笑)
この担当者は広告というより「仕事」をなめてる。広告以前の話です。

今のIT産業にさすがにこういう人はいないとは思いますが、基本は同じでしょう。
勉強もしないで口を出す。それが権力者ならタチが悪い。

なぜ?なぜ?なぜ?

それでは、記事冒頭のテレビ広告がなぜいけないのか。
何が言いたいのかが分からないからです。最も初歩的なミスです。

「Jサイドというものと携帯電話を使って何かをする」

携帯電話というのは分かりますが、これがプロバイダなのか、インターネット通販なのか、ぐるなびのような情報サービスなのか、検索エンジンなのか。いや、もしかしたらiモード用のコンテンツなのかも知れません。
とにもかくにも、何が何だか分からない。

実はわざとこの記事を書き終わるまで、Jサイドのサイトにはアクセスしないようにしています。だから、今でもこれが何をしているのか、私には不明のままです。

ドミノ倒しもトリケラトプスもまったく同じ。
第一、ライコスが検索エンジンの名前だと知っている私ですら、なぜ広告するのか、なぜトリケラトプスなのかが一向に見当がつきません。まさか、無料のライコスを使ってもらうだけのために、広告をしているとは思いにくい。

いや、下手をするとライコスにアクセスすると金を取られるのではないか、と疑ってしまいます。広告というのはその会社のメリットがあるはずだと視聴者は考えます。でも、そのメリットが見えないと騙されるのではないかという意識が働くからです。

15~16年前、日本たばこが初めて街頭でキャンペーンガールを使って、大坂でサンプルを配ったりティッシュを配った時も、誰も受け取ろうとしなかったという逸話があります。
しかし、ある勇気ある人が1袋のティッシュを受け取り、何も押しつけられたり買わされるたりしなかったのを見るやいなや、一斉にティッシュをもらおうと数百人が殺到して、キャンペーンガールが恐怖を感じて逃げてしまったという実話がありました。
今でこそ当たり前の光景ですが、当時はたばこだけでなく他の商品ですら、街頭サンプリングをやったことがなかった時代です。無理もありません。

こういう説明をすると必ず来る質問があります。

「何が何だか分からない広告を作ってはいけないのですか?
好奇心のある生活者がホームページにアクセスするかも知れないではないですか」

そういう広告を作ってはいけません。

今時の生活者は暇ではありません。情報はどんどん入ってきます。
そんな中、「訳が分からない広告を見たから」といって、アクセスでも何でも「行動を起こす」人はいません。
いや、正確にいいます。「そういう人は、限りなくゼロに近い。たまに本当に暇な人が行動を起こしますが、少なくとも広告経費に見合った人数ではありません」

ちなみに、訳の分からない広告を意図的に作るなら、一般的にはこういった手法は取らないのが広告界の常です。やるなら、ヴィーナス・フォートのような「本当に訳が分からない」ものを作ります(オンエアされていない地域の方、ごめんなさい)。

「来週、今度はパンティも取ります」

下着女性ティーザー広告という手法もあります(ティーズということばは「じらす」という意味です。日本でいうストリップは、ストリップティーズの略で「服を脱ぐことで客をじらす」という意味です)
生活者に興味を持たせて次の広告に注目させる方法です。

一般的には新製品で実際の発売前に流すのが慣例です。
古くは「お元気ですか?」の日産のクルマ(名前を忘れてしまいました)、パスポートサイズのソニーハンディカム、最近ではあの永谷園のお茶漬けのテレビ広告で顔を隠した男性が出演しちょっとした話題になりました(実は反町隆史)。

ティーザー広告の元祖はフランスの高速道路の看板広告です。
ある日、女性モデルがにっこり笑っている看板が出現。そこには

「来週、私は服を脱ぎます」

というキャチフレーズ。
確かに次の週は、服を脱いで下着姿になった彼女の写真がありました。
キャッチフレーズは

「来週、私はブラを取ります」

次の週はブラを取ったセミヌードのモデルに変更されていました。
そして、そのキャッチフレーズには

「来週、今度はパンティも取ります」

次の週の看板にあったのは、パンティを取った彼女が後ろ向きになった写真でした。

何の商品だったか忘れてしまいましたが、これが大評判。
以降、ティーザー広告と命名されたという訳です。
ここで大切なのは、ティーザー広告はターゲットが興味のあるものを題材にするということです。そして、簡単に予想できる次の展開がわくわくするものでなければいけないということです。それなくしてはティーザー広告は成立しません。

なのに、大橋巨泉を出演させたところで、わくわくする生活者の数が多いとは到底思えません。ティーザー広告だったとしても、あの広告は意味がないという訳です。

「意味が分からない広告」は知名度も上がらない

「知名度さえ上がればいいんです。会社の名前が知られればいい。
それに、IT産業の会社なんて一般の人には関係がないから、それが分かっている人つまり見込み客だけを相手にすればいいんです。
何でもかんでも一般の学生さんやOLに繋げなけれ気が済まないのは森さんの悪いくせですよ」

グラフとある人に言われました。
なんと贅沢な話です。
広告効果と費用対効果を計算した上でやっているのなら脱帽です。

記憶に関する心理学の実験があります。
ことばとしてはまったく意味のない単語を覚えてもらうことを目的とした実験です。
1つのグループにはそのことばだけを提示します。丸暗記しか方法がない。
もう1つのグループには、そのことばがどういう意味で、何を指しているのかの説明をします(実在しない単語ですから、実験者の創作です)。

記憶効果は明白です。
丸暗記のグループはすぐに単語を忘れてしまい、日を追うごとに急速に記憶から消えていきます。
一方の、意味を伝えたグループは忘れはするものの、記憶残存率は丸暗記グループの2~3倍も高かったのです。

「意味が分からない広告」は丸暗記と同じです。
好き嫌いは別にして、「自分はこういう意図で広告しています」というメッセージが伝わる広告は、説明つきのグループに相当します。

「名前を覚えてもらうだけ」だから、「名前さえ分かれば(訳がわからなくても)良い広告」を作ればいいというものではないのです。

もうひとつ大事なことがあります。
この会社の顧客が何社あるかは知りません。でも、例えば見込み客を入れて1,000社としましょう。
このうち、1割が顧客となったとすると100社。つまり広告費5億円で100社が獲得できたわけですから1社500万円の経費です。

どんなサービスを提供しているのかは知りませんが、それだけの金をかけるなら接待やセミナーなどの一本釣りの方がよほど効率がよいはずです。
第一、たった5%にも満たない顧客のために、顧客以外の95%の生活者へ露出されるテレビ広告費用を無駄にするなんて、普通のビジネスでは正気の沙汰ではありません。

ではどうすべきだったか

ファッション今回は文句を言っても始まりませんので、「私はこう見る」では珍しく「ではどうしたらいいか」をちょっとだけご紹介します。
というのも、IT関連産業は一部を除いて小さな企業が多く、彼らを非難するだけで終わってしまうのはかわいそうだからです。日立をやり玉に上げるのとはちょっと質が違います。

@niftyやsonet、BIGLOBEはそれぞれ大きな企業ですが、これらネット社会で歴史が長い企業は文句を言われ慣れて鈍感になっているので、「馬の耳に念仏」で「文句だけ言ったってしゃあない」状態という理由もあります。

さて、生活者が見たことがないもの、まったく知らない会社の場合、広告の鉄則は

「何を提供しようとしている商品や会社なのかを『具体的に』伝えること」

です。
例えば、レーザーディスクの最初の広告は「絵の出るレコード」でした。
ソニー、音声つきデータディスクマンの最初の社内吊りポスターは「しゃべる辞書」。

逆にそれがあいまいで失敗した例で私がよく使うのが、三共製薬のジゼ。
「3週間で美人になれます」というキャッチフレーズで、杉本彩が出演していたテレビ広告を覚えている読者もいるかも知れません。
ファイブミニのような小瓶に入った飲み物なのですが、どう考えてもそれを飲んだからといって顔かたちが変わるとは思えない。しかも、薬局ならまだしもコンビニで売っている。
結局「うさんくさい飲み物」として、売り上げは先細り。生産中止になってしまいました。

プロダクトコーンこれはどういうことか。
今回はその理論だけ覚えておいてください。プロダクトコーン理論といいます。
生活者がものを理解するには順番というものがあります。
まずは、外観、機能、規格などの「客観的事実」です。
次に「自分にとってどう関わりがあるのか。それは得なのか損なのか」。マーケティング用語で言えばベネフィットです。
最後に「イメージ」です。

例を出しましょう。
あなたの自宅のベルを鳴らす音が聞こえました。ドアを開けるとものすごい美人が立っています(かっこいい男性でも結構です)。あなたの知り合いではありません。
さて、その時にあなたは何を一番先に知りたいですか?

その女性の理想の男性のタイプ?いいえ。
その女性の年齢?それはあるかも知れません。
その女性の趣味?たまにそういう人かいるかも知れませんが。

大抵の場合、まず、その人が何をしている人で、なぜ自分の家の玄関口に立っているかです。これは、「客観的事実」です。

でも、その人の「客観的事実」をすっ飛ばしていきなり「ちょっとお伺いしたのですが。あなたにとって悪い話ではないんですが」と囁いたらどうしますか?これは「ベネフィット」だけのメッセージです。
見ず知らずの相手です。どこの誰かも分かりません。普通の神経を持った方なら、「あやしいぜ、こいつ」と疑うこと必至です。

最後にもし、その人が「客観的事実」「ベネフィット」もなしに、いきなりその場で「ラララ」と歌を歌いながら踊り出したらどうでしょう。まず、119番に電話することを考えたほうが良さそうです。とりあえず、これは「イメージ」だけのメッセージです。

でも、実はその人は日本政府の調査員で世論調査を担当している。本物の身分証明書がある。そして、アンケートに協力して欲しい。謝礼は支払う。そして、そのテーマは新しい国歌候補の人気調査で、その国歌には踊りもある。だから、それを実演した。

ちょっと強引ですが(笑)、いきなり踊り出すよりも、そういう順番で説明されたほうがはるかに説得力があります。

先ほど例に上げたジゼは正に「美人になれる」というベネフィット(得すること)を広告で伝えてはいるものの、なぜという「客観的事実」がない。だから、うさんくささが付きまとう訳です。
この調査員の例で言えば「悪い話ではないが」といきなり切り出されたのと同じなのです。

「ニフティ。以上」や「トリケラトプス」はそれ以下です。
いきなり踊り出すのと同じ。いや、別な言い方をします。
女性調査員が

「総理府統計局の調査員です。以上」

と言ったまま、黙って突っ立っているのと同じです。

「もういいから、ほら、いい子だから帰りなさい」

と彼女に言いたくなってしまうのは私だけかも知れませんが。

IT産業は一般に知られていない会社やサービスばかりです。
かっこいい広告を作ろうが旬のタレント使おうが、「自分の会社は何をしているのか」が伝わらないテレビ広告は、幾ら美人でも素性が分からなければお近付きになりたくないのと同じで、その企業のサービスを使おうなんて夢想だにしない。
それが、正しい生活者のあり方なのです。

「事実の後はどうするのか?」

それは、自分で考えてください。
私のアドバイスがなくても、少なくとも現在流れているよりも数十倍まともな広告になることはお約束します。

P.S. この原稿の推敲を終わって、初めて Jサイドに行ってみました。
うーん。今流行りの掲示板の集合体なんですが…やっぱりあの広告はわかりません。http://www.jside.com

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