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■市場シェアには戦略的な意味がある【クープマンの目標値】 2013.9.17

親しみのある言葉「シェア」

まったく同じ内容なのに様々な呼ばれ方をしているマーケティング概念があります。
「市場シェア」「マーケットシェア」「売上シェア」「市場占有率」「市場占拠率」です。

その割に「シェア」は私たちにもなじみがある言葉です。こんな風に新聞にも載っています。

「トヨタが自動車で半数以上の市場シェアを占めた」
「ソニーはスマートフォン世界市場で6%のシェアを占め第3位になった」

日経産業新聞のデータブック「日経シェア調査」は私の記憶にある限り、30年以上、毎年発行されている超ロングセラーです。

ビジネスマンなら

「新製品の目標シェアは10%」
「自社の市場シェアを20%にまで引き上げるにはどうすべきか」

と、毎日のように「シェア」という言葉にさらされます。

その割にビジネスの現場で市場シェアは大ざっぱな使われ方をしています。
現状分析では「新製品Aは先月4.5%のシェアでした」と数字自体は小数点以下で細かいのに、「シェア目標」となると一気に答えられなかったりあやふやになる。

「そりゃ、そうですよ、森さん。
将来的なシェア目標なんて、やってみなければ分からない。だから、『シェア目標9.7%』なんて緻密な数字を上げてもムダですよ。

第一、売上げ数量の計算だって、お酒のように出荷量を政府に申告する商品は正確ですが、それ以外は推定だったり、業界団体に加盟している企業の合計だったりして、あいまいじゃないですか」

ビジネスマンの友人がコメントします。

「確かに正確じゃないよね。でも、それなら『現在の市場シェア4.5%』と細かく計算しても意味がないよね?」
「あ、いや、それは目安にはなるというか…少なくとも、その前よりシェアが高くなったか低くなったかはわかるというか…」

とたんにあやふやになる友人(笑)

「そしたら、逆に質問しようか。
食品A社とパソコンB社、両方ともシェアトップ企業です。
A社は市場シェア35%を占める。B社は25%でトップです。
さて、この2つの会社にはどんな違いがありますか?」
「A社の方が強いトップなのかな?」
「『強い』ってどういう意味?」
「2位の企業が勝てないという意味…でいいのかしら?」
「そしたら、
A社は市場シェア35%だけど、2位は25%で差は10%。
B社は市場シェア25%だけど、2位は15%で差は10%。
つまり、A社とB社ともに2位とのシェア差は同じだから、トップ企業の『強さ』も同じ?」
「『同じだ』と言いたいですが、森さんがそんな質問をする限りは『違う』んでしょうね」とニヤリとしながら友人。

人の質問の裏を読むのはやめなさい。やりにくくてしょうがない(笑)

長々とお話ししましたが、ことほどさように企業は「市場シェア」を使いこなしているとは言えない状況です。

「市場シェアが前期より上がった、下がった」
「マーケットシェアが競争相手より高い、低い」

すべて「比較」「相対」でしか語られない。

市場シェアは私たちに多くを語りかけてくれます。一生懸命、サインを送ってくれます。でも、ビジネスマンの多くはシェアのささやきに気がつきません。市場シェアの片思いなのです。

もし、企業がサインに気がついて、競合企業が気がつかなければ、自社は有利になります。
ブランドを育てることができます。
無駄なお金を使わなくて済みます。
効果的にキャンペーンを集中できます。
売上げを上げたり、売上げ低下を防ぐことができます。

今回の記事はそんな有益なサインを教えてくれるクープマンの目標値をテーマにします。

クープマンの目標値はGoogleで検索しても1,800件しかヒットしません。市場シェアは395万件、市場占有率は270万件も出てくるのに…
つまり、市場シェアは大切な指標だと思っている人が多いのに、クープマンの目標値を詳しく知っている人はそう多くはないということです。

クープマンの目標値は最初の紹介こそランチェスター理論の田岡氏の書籍(「ランチェスター戦略 参謀学 第2巻」)ですが、3ページしか記述がありません。自慢ではありませんが、クープマンの目標値に最も多くページを割いている書籍は私の「シンプル・マーケティング」です。

そんな「クープマンの目標値の第一人者(笑)」である私が、今回、渾身を込めてお送りする解説記事です。

なお、この記事で解説したシェアの数字はほとんど「日経シェア調査」(日経産業新聞刊)が出典です。また、できるだけ公式サイトには掲載していないものを上げました。

【シストラット公式サイトのクープマンの目標値解説ページ】

さて、クープマンの目標値には5つの数字があります。
「それぞれのシェア数字には意味がある」
これがクープマンの目標値の意図です。

●市場シェア 73.9%【独占的市場シェア】
●市場シェア 41.7%【相対的安定シェア】
●市場シェア 26.1%【市場的影響シェア】
●市場シェア 10.9%【市場的認知シェア】
●市場シェア 6.8%【市場的存在シェア】
【注】本来は6つですが、単純化しました。

まずは、それぞれの基準値紹介です。

ザ独占:73.9%【独占的市場シェア】

73.9%を占めれば「独占状態」です。
滅多なことではひっくり返らない1位です。
しかも、独占なので何をやっても許されます。
値上げしようが、下位企業の新製品を潰そうが「何でもアリ」です。

本来の「独占」の意味は「1者/社だけが存在する」ことですから、厳密には「競争相手がまったくいない市場」が「独占」です。電力、ガス、鉄道など、政府系企業しか存在しません。

しかし、クープマンの目標値では市場シェアを73.9%以上取れば、競合企業が何十社いても、「1社しかいないのと同じ」状態になることを意味します。
「実質的な独占」です。

クープマンの目標値を提唱したコロンビア大学のクープマン教授は数学者です。
マーケティング関係者ではありません。過去のデータの平均を調べて出た結論ではありません。
彼は「黄金比率」「自然界のパワーバランス」を発見したかったようです。「黄金比率」とは「その状態で安定する比率」「すべてがその比率に収れんするポイント」のことです。
従って、クープマンの目標値は私たちがよく使うあいまいな定義よりも、数学的な意味がある定義だと思ってください。

ちなみに、私たちがなにげに使っている「寡占」もこの数字で定義することができます。

●上位2社で73.9%以上を占めれば「2大寡占」
●上位3社で73.9%以上を占めれば「3大寡占」

が本来の定義です。

日本では「独占禁止法」があるので、事例を見つけることが難しいのですが、次のような例があります。

【独占シェアの例】

メーカー シェア 市場
日本たばこ産業 77.6% 紙巻きたばこ市場(2009年)
マクドナルド 75.8% ハンバーガーチェーン市場

これら2例以外にはかつてフィルム市場で富士写真フィルムが該当していましたが、現在はデジカメに押されて市場がほぼ消滅したので、マーケットシェアの意味をなさなくなっています。

ガリバーブランド:41.7%【安定シェア】

独占シェアよりも見かけるのが安定シェア。
41.7%を取れば、

●1位であり
かつ
●滅多にひっくり返らない1位

になります。

ただし、独占状態ではないので「何をやっても許される」わけではありません。単に「強い1位」です。
もっとも私は安定シェアを占める企業やブランドを「ガリバー」と呼び、「相当強くて、攻略が難しい」存在として扱います。

【安定シェア41.7%の例】

メーカー シェア 市場
パナソニック 37.6% ブルーレイ・ディスク録再生機市場
すき家 51.3% 牛丼チェーン市場
大正製薬 39.8% ドリンク剤市場
ロート製薬 40.1% 目薬市場
ブリジストン 47.7% タイヤ市場
トヨタ 45.0% 乗用車市場
Google 41.3% 米国でのネット広告のシェア

多くの場合、その市場を最初に創った「先行企業」が41.7%以上を占めます。
かつてのウォークマンのSONYしかり、宅配便サービスを日本で最初に始めたヤマト運輸しかりです。

また、過去の事例にもあったように、パソコンではその年の出荷数シェア(設置数シェアではないことに注意)が安定シェアを超えると「大ヒット」としてみなさんの記憶に残ります。
ネットブックはノートパソコンの出荷数シェアで安定シェア40%以上を占めましたし、その前のSONY VAIOも「クラムシェル型マッキントッシュ」も、ノートパソコンの出荷数シェアで安定シェアの水準でした。

【参考記事】ネットブックに虹の彼方が見えるか

クープマンの目標値はそもそもがパワーバランスですから商品以外にも応用できます。
例えば、政治の世界(私個人はノンポリです。念のため)。
2013年7月の各政党の支持率はNHKによると以下のとおりです。
ちょうど自民党が安定シェアを獲得しているのがわかります。
各政党の支持率は後述する影響シェア26.1%も認知シェア10.9%もない、特殊な「市場」であることがうかがえます。

【政党支持率】

政党 シェア クープマンの目標値
自民党 41.2% 安定シェア
民主党 7.8% 存在シェア
公明党 5.4% 存在シェア
共産党 4.3%
日本維新の会 3.0%
みんなの党 2.3%
社民党 0.9%
生活の党 0.4%
特に支持している政党はない 24.7%

ちなみに、政権の支持率(59%−NHK調査2013年9月)は「支持」「不支持」の二者択一なので、「三者以上でないと成立しない」クープマンの目標値には当てはまりません。
そりゃそうです。支持が41.7%あっても、不支持が58.3%なら「安定シェア」になんてなりませんもの(笑)

安定シェアは戦略的に重要な意味を持ちます。
その市場で圧倒的1位なので、下位企業と張り合っても売上げは伸びません。従って、隣接する市場に殴り込みをかけていかないと、41.7%のままで停滞してしまいます。

マクドナルドのようにがんばって安定シェアでも手を緩めずにハンバーガー市場でシェアを奪い、独占シェアを取るケースはまれです。
下位の小さなシェアを奪うためのマーケティング投資はコストパフォーマンスが悪いので(投資1億円当たりのシェア獲得が4倍もかかるという試算もあります)、新市場への殴り込みの方が賢いからです。

【参考記事】マクドナルドの未来、たった2つのアキレス腱−強者の戦略

隣接市場への殴り込みの事例はいくつも上げられます。
それぞれ、元となった市場では安定シェアを取ったので、新しい市場に新規参入しないと企業が成長しなかった企業たちです。

【安定シェアを取ったので、他の市場を攻めた例】

メーカー 元の市場 新規市場
カゴメ トマト市場 →野菜市場
キユーピー マヨネーズ市場 →ドレッシング市場
味の素 味の素 →調味料市場(マヨネーズやクックドゥなどの加工調味料市場)
花王 洗剤 →フロッピーディスク、化粧品、特保飲料市場
富士フィルム 写真フィルム市場 →化粧品市場

安定シェアを取るとイメージが変わることがあります。
電通は広告業界では恐れられている存在で、競合企業からは「誰も勝てない」と思われています。
しかし、電通の広告全体に占めるシェアは実のところ24%しかありません(2012年)。後述する「いつひっくり返されるかわからない1位」です。

ところが、テレビ広告のシェアは37.5%もあり、ほぼ安定シェアです。広告の世界では影響力が最も強いテレビ市場だからこそ、「電通は強い」イメージが定着するのです。

電通の例はとりもなおさず、次のことが戦略的に言えることに他なりません。

●どれか1つの分野や地域でも41.7%以上のシェアを取れば、強いイメージができあがり、有利になる

電通のシェアは以下のとおりです。テレビ以外は大したことがない1位です。

【電通のマス媒体の市場シェア】

マス媒体 シェア 順位
テレビ 37.5% 1位★
ラジオ 13.1% 1位
新聞 17.8% 1位
雑誌 14.5% 1位
【参考】広告全体 24.0% 1位

「1つの分野でも41.7%以上のシェアを取れば安定する」例はビールにも見られます。
戦後大日本麦酒が解体されてできたアサヒとサッポロは、1949年の当初はほぼ同じシェアでした。

【1949年のビールの市場シェア】

メーカー シェア 注目
朝日麦酒(現アサヒ) 36.1%
日本麦酒(現サッポロ) 38.7%
キリン 25.3%

それが、アサヒは徐々にシェアを落とし、1985年には9.6%と4位のサントリー9.2%にも迫られる始末。「振り向けばサントリー」状態です。
一方の、サッポロは1985年のシェアは20.0%。大日本麦酒の解体直後の38.7%よりは減ったとはいえ、アサヒほどの惨状にはなりませんでした。

【1985年のビールの市場シェア】

メーカー シェア 注目
キリン 60.0%
サッポロ 20.0%
アサヒ 9.8%
サントリー 9.2%

その理由はサッポロの拠点が北海道だったこと。
大日本麦酒の解体は地域別が基本コンセプトでした。北日本はサッポロビール、西日本以南はアサヒビールが主な地域だったのです。
アサヒは関西から全国を制覇しようとした一方、サッポロは北海道を守り抜く戦略を取りました。
その結果、北海道でのサッポロのシェアは今でも40%をキープしています。
北海道はキリンですら苦戦すると言われる地域です。

ここでの教訓はこうです。

●分野別シェアでも地域シェアであっても41.7%以上のシェアを確保していれば、守りに強い
【注】公開数字は見つけられませんでしたが、1998年における北海道でのサッポロビールのシェアを50%奪回との記事がありましたので、やはり41.7%以上は取っている模様です。

安定シェアのもうひとつの利点は「下位企業の士気が低下する」ことです。「どうせ勝てない」とあきらめてくれることは、上位企業にとって楽です。あきらめてしまっては勝てるケンカも勝てなくなるからです。

【以下、小見出しと最初の段落のみをご紹介します】

大暴れ可ブランド:26.1%【影響シェア】

26.1%は1位の場合と2位の場合があります。
1位は「いつひっくり返されるかわからない不安定な1位」。
2位は「安定した2位」です。
特に、影響シェアで2位の市場では多くのケースで1位が41.7%なので、安定「してしまって」いるのが実情です。「膠着」ともいいます。

1位であっても、2位であっても、「影響シェア」という名称が示すように「市場に影響を与えることができるマーケットシェア」です。
影響シェアの企業が価格競争をしかけたり、新製品を発売すると、他社も無視できずに追随しがちです。

二流ブランド:10.9%【認知シェア】

10.9%は「認知」の言葉どおり「(この数字を超えると)生活者が企業やブランドを知る・認める」ラインです。
1つの市場で安定シェア41.7%や影響シェア26.1%は1社ずつしかないケースがほとんどなのに対して、10.9%認知シェアは2〜3社が併存することが可能です。

崖っぷちブランド:6.8%【存在シェア】

存在シェアは「存在」の言葉どおり「市場で存在を許される最低限のシェア」です。新製品の場合は最初に目指すべき目標シェアと言っても良い。

逆に言えば、存在シェア以下のブランドや企業は市場から撤退した方がマシだという意味でもあります。
1960年代にアメリカのGE(ジェネラルエレクトリックス)がリストラをした際、6.8%未満のシェアしかとれない商品分野から撤退して、経営が持ち直した事例があります。

本当の崖っぷち:2.8%

以上、6.8%までがクープマンの目標値の正式な基準値ですが、クープマンの目標値を日本で最初に紹介したランチェスター戦略の田岡信夫氏は、その下の数字にも注目しています。
2.8%です。
この数字は以下の計算式で出たものです。

安定シェア(41.7%)×存在シェア(6.8%)=2.8%

膠着・安定した市場でのクープマンの目標値と弱いものいじめの法則

それぞれの基準値を紹介したところで、全体の構造について見てみます。
クープマンの目標値は黄金比率ですから、それぞれの基準値はひとつの市場にバランスよく配置されます。
つまり、「市場が安定している」「収れんする」とは、トップが41.3%、2位が26.1%、3位で10.9%であることです。

クープマンの目標値が適用されない例

基本的にクープマンの目標値が適用されない例外はありません。
しかし、2つ気をつけないといけないことがあります。

ひとつは、普及率の伸びが激しい時、要するに導入期や成長期はクープマンの目標値が当てはまりません。
もうひとつは、(本当の意味での)技術革新や政治環境などの根本的な変動があった場合はクープマンの目標値が崩れることがあります。

他の分野への応用−デザイン

41.7%、26.1%、10.9%といった基準値を使うことで、他の分野にもクープマンの目標値は応用できます。
例えば、デザインです。

チラシ1(左)とチラシ2(右下)はゲームセンターのチラシです(クリックすると拡大)。
1はあらゆる要素が強弱もなくバラバラに配置されています。これはクープマンの目標値でいえば、ダメダメな例です。客の目線がどこにも集中しません。
チラシ2は中央に41.7%以上の要素を集めています。チラシを見た人の目が集中するので、効果的なデザインです。

他の分野への応用−普及率

クープマンの目標値は普及率にも応用できます。
普及率が

●6.8%を越えれば、ひとつの分野として一人前になる。
●10.9%を越えたら、成長期に移行するので市場が膨らむ
●26.1%を越えれば、完全な成長期なので一気に73.9%まで普及することは約束されている

といった具合に予測ができます。

応用編−地域別

クープマンの目標値で特に大切なのが地域別の視点です。
全国で26.1%を占めて1位だからと言って、それじゃあ強いかというと、判断を誤ることがままあります。
ある地域では41.7%、別な地域では6.8%。結果、全国平均では26.1%だったなんてことがよくあるからです。

注意点のまとめ−母数をどうするか

クープマンの目標値を計算するときによくあるミスがあります。
それは「母数をどうするか」です。
前述の例ではパソコンが「パソコン」と「ワープロ専用機」を別々に切り離して計算していたので、ミスを犯しました。

ラブコールをキャッチする能力

私は「運がいい人・悪い人」の差なんてたかが知れていると思っています。
どちらも、飛んでくる「運」の数や大きさは多少の差こそあれ、似たようなもの。

ただし、「運がいい人」は飛んでくる「運」をキャッチする能力に長けている人。「運が悪い人」はそれを見逃してしまう人だというのが私の考え方です。
「モテる・モテない」も同じ構造です。よほどのイケメンとブサで不潔でなければ、「モテ」が飛んでくる数は変わりません。

シェアという数字はどんな企業でも、その辺に転がっている存在です。
その石ころのような存在を宝石に変えるか、石ころのまま放置するかは、あなた次第です。

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